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短編集112(過去作品)

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 という思いで見ていたので、ストーリー性を冷静に追いかけることができた。ラストが想像もつかないと、ストーリーに呑まれてしまって、それこそ作者の術中に嵌ってしまうに違いない。
 映画の醍醐味は作者や監督の術中に嵌ることなのだろうが、琢磨はそれでは満足できなかった。自分が描くストーリーと、スクリーンに繰り広げられるストーリーとをじっくりと比較してみたかった。
 大人の鑑賞法なのかも知れない。子供っぽくないと言われればそれまでだが、いずれは自分でもストーリーを作りたいと密かに思っている琢磨らしい見方ではなかったか。
 自分について想像するのが苦手だったので、なかなか文章を書くのが苦手だった。イメージは身近なところから作り上げていくものだと分かっているのに、一番身近なはずの自分が分かっていないこと、それがネックだと思っていた。
 しかし、実際は自分が一番身近なようで分からないものだということになかなか気付かない。気付けば何かが弾けて書き始めることができるに違いない。まわりを固めて、分からなかった自分を身近に感じられるようになれば、そこから出来上がってくるものがあるはずだ。
 自分が分からないことのネックは、自分に女性っぽさがあることを認めたくない気持ちだった。
 男の子と女の子が入れ替わる映画など見たくもないはずなのに、見に行った。しかも誰かを伴うことなく一人で出かけたのだ。それまでは一人で映画を見たことなどなかった。映画が自分を呼んだとでもいうのか、まるで意識することなく映画館に入っていた。
 小京都のような古風で落ち着いた佇まいの街で繰り広げられる青春ストーリー、綺麗な夕日に照らされた海原を見つめているシーンが印象的だった。
 少年は海に憧れを持ち、夕日を正面に受けながら、カメラが少年の背中を映し出している。眩しさの中で向こうが透けて見えるような雰囲気に圧倒され、
――なんて男らしいんだ――
 と思ったものだ。それがラストシーンで、もっとも感動を覚える場面であった。
 その時にスクリーンを直視していたのは、本当に自分だったのだろうか。琢磨は自分でも分からない。照らされた夕日の先に見えていたもの、普通の男の子であれば、後姿の少年に自分を見ていたに違いない。だが、琢磨は羨ましいという思いを別人の視線で見ていた。
――自分の中で女を感じている時がある――
 と最初に感じたのはその時だった。
 性同一症候群という言葉を聞いたことはあったが、自分とは違うと思っている。女性の格好をして、女性になりきりたいという思いはなかった。だが、どこかに女性としてまわりを見る目が備わっていて、女性に近づきたいという思いは否定できないが、なりきりたいという思いはまったくなかった。
 夢というのは、後から思い出そうとすると、いつ見たものなのか覚えていないものである。昨日のことだったのか、数ヶ月前のことだったのかすら、曖昧なこともあるくらいだ。
 数ヶ月前の夢をまるで昨日のことのように覚えているとすれば、それはすごいことである。よほど印象に残っている夢なのだろう。
 忘れた頃に、もう一度同じ夢を見ることもある。印象に残っている夢でもなく、正直忘れていた夢であって、
――あれ? どこかで見たような――
 とデジャブーでも見たかのように感じる。
――女性になってみたい――
 という思いは、きっと誰にでもあることなのかも知れない。ただ、恥ずかしいという気持ちが強く、誰にも言えないでいる。それは異性を感じ始める前からの思いで、人間の本 質に近づくものなのかも知れない。
「元々人間は、一つの性しかなかった」
 という学者の説も聞いたことがある。極論であろうが、植物のように一つの身体に男女両方の性が宿っているという考え方なのかも知れない。
 その夢の中で女性がこちらを向いて微笑んでいる。どこかで見たことのある顔だったが、誰だか分からない。
 どこか他人と思えない雰囲気に、次第にそれが夢であることが分かってきた。
――妹が成長していれば、こんな感じかも知れないな――
 と思ったからだ。
 死んだはずの妹を感じるのだから、当然夢である。死んだ人を夢で見るというのは初めてで、死んだ人と夢であっても出会うというのは気持ち悪いと思っていたはずなのに、その時は見つめられることでドキドキしてしまった。
 その時はそれだけだった。そこから先の記憶がないからだ。
 別の日に見た夢も、すぐに夢であることに気がついた。一緒に熊本の街を歩いていたからだ。
 熊本に来た目的は墓参りである。誰の墓を参りに来たかというと、他ならぬ妹の墓である。そこまで分かっているのに、一緒に街を歩いているのが妹であるというパラドックスに驚きすらなかった。
――墓の中の妹は小さい頃の妹で、一緒に歩いている妹は成長した妹なのだ――
 と、まるで別人の意識があった。
 妹は無邪気だった。
 前を歩く兄である琢磨に追いつこうとしている。走っている妹の姿を、もう一人の自分が見ている。それが夢を見ている自分なのだ。
 前を歩いている自分への意識はない。自分であるはずなのに、まるで他人事だ。だからこそ夢なのかも知れない。
 なかなか追いつけない妹に対し、心の中で、
「早く追いつけ」
 と呼びかけるが、内心、追いついてしまって、追い抜くことが恐ろしいのである。
 追い抜いてしまって後ろを振り返った時、そこにある顔は想像もしていない顔だからである。その顔を見た時の妹の顔を見たくない。そんな思いから、追いつくことを恐れているのだ。
――同じ空間で存在しえない二人――
 どちらかが近づこうとすると、離れてしまう。まるで磁石の同極が反発しあうのに似ているではないか。
 前に回りこんでその顔を見てしまった時、完全に目が覚めてしまった。一体自分がどの瞬間で目が覚めたのか分からないが、意識の中では振り返った時の自分の顔を見たと思っている。

 絵を描いている人の後ろから、もう一人の人が絵を描いている。さらにその後ろから……。
 鏡を自分の両側に置いた時のように無限に続くイリュージョン、まさしく夢か幻影の世界。琢磨には妹への思いが、自分の中にもう一つの幻影を築き上げているように思えてならない。
 墓参りに来る時は、いつも何かに怯えている。妹に会いに来ているという感覚とは別に幻影を垣間見ることを求めているように思えてならない。絵を描いている女性の後姿は、妹の向こうを歩いている自分の姿を追い求めているのだろう。
 容赦なく降り注ぐ太陽に負けないように、明るい色を選んで描くはずだと思えてくるが、何が出来上がるのか、少し分かったように思える。
 そこに輪郭として描かれた男の姿、後ろから女の子が追いかけてくる。振り返ったその先に見えるその顔は、妹と同じ空間に存在できずに、何とか妹を自分の中に生き返らせたい一心で女になりきろうとする引きつった笑顔の琢磨だった。

                (  完  )

作品名:短編集112(過去作品) 作家名:森本晃次