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短編集112(過去作品)

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 あれだけ口を酸っぱくして母親に言われていたものが、高学年になると、宿題どころか学校から帰ってくると机に向って勉強を始めたのである。親もビックリだっただろう。
 確かにやればやるほど勉強が楽しくなっていった。だが、本当の目的は別にあった。中学受験して、男子校に行きたかったのだ。
――女の子と一緒にいると何か変な意識を持ってしまう――
 身体が反応するわけではなく、女の子と一緒にいると気持ち悪さを感じていたからだ。男子のガサツな雰囲気もあまり好みではないが、まだ女性への見方に比べればマシであった。
 勉強が功を奏してめでたく男子校へ入学できた。男の子ばかりの制服の中にいると圧倒されるが、やっと男らしさが芽生えてきたことを静かに喜んでいた琢磨だった。
 まわりの人は琢磨が何を考えているのかさっぱり分からないだろう。
 小学生の低学年の頃は、いつも女の子と一緒にいて、高学年になると、それまでまったく興味のなかった勉強にのめりこみ、結局男子校へと中学受験に成功して通うことになるなんて、誰が想像できただろう。中学に入ってからの琢磨が意外と一番ビックリしているのかも知れない。
 何しろ、考えていた通りに進んだのである。受験に成功し、最初に懸念していた男の子だけの中に入り込んで違和感を感じることがなかったことが一番だったからである。
 さすが受験で勝ち抜いてきた連中、小学生の頃のように成績がいつも優秀というわけには行かない。何しろ同じようなレベルの連中が受験し、その中から成功したものだけが入学できるのだ。レベルはかなり高いところにあるだろう。
 だが、琢磨には分かっていた。それだけ冷静だったとも言えるが、どこか冷めたところのある考え方に、氷のような冷たさを感じることができるのも、自分の中に他の人格があるからではないだろうか。
 二重人格なのかも知れないと自覚し始めたのは、中学三年生の頃である。
 入学した中学は中高一貫教育なので、高校受験の必要がない。普通に進級する感覚である。
 中学三年生になれば、異性を意識し始めた。他の連中はすでに意識しているようだったが、見ていて他人事のように思えていた。だが、
――女の子と一緒に歩いているところを見られるのも嬉しいものだ――
 自慢目的の感覚はまるで子供のようだが、少なからず女性に興味を持ち始めた理由はそれに違いなかった。
 それまでは背が小さい方だった琢磨が、
「お前、大きくなったな。いつの間に伸びたんだ?」
 と言われたのは中学三年生の時にあった小学校の同窓会の時だった。
 皆、かなり変わっていた。
 男性は野生っぽくなったやつもいれば、逆にワンパクだった連中が、優等生っぽい雰囲気になっていたりと、この三年間がそれぞれに与えた影響の大きさを感じることができた。
 女の子の変わりようは、想像以上だった。成長期の女性は明らかに肉体的なものが変化してくる。棟は膨らんでくるし、身体の線が子供ではなくなっている。何よりもそばを通った時にほのかに香ってくる香りはそれまでに感じたことのないものだった。
――いや、そうだろうか――
 一瞬、懐かしさを感じ、初めての香りに陶酔していた。
 最初に感じた懐かしさを忘れてしまえば、本当に初めて感じた香りだとことで終わってしまうだろう。だが感じた懐かしさを忘れることはできない。
 最初は母親に感じた香りを思い出していた。だが、小学生時代に感じた母親の香りとはどうにも種類が違う。同じ香水を使っていたとしても、沁みこむ身体が違えば、当然香りも違ってくるだろう。
「石川くん、久しぶりね」
 小学生の頃に一緒に遊んでいた女の子が声を掛けてきた。
 顔から火が出るほどの恥ずかしさを感じたが、
「ああ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「ええ、元気だったわよ。あなたも元気そうで安心したわ」
 他愛もない会話だが、テレビドラマなどで見る、付き合っていて別れた男女が偶然出会って交わす形式的な挨拶みたいで、どこかぎこちなさもあった。
 何しろ、あれだけ仲良く遊んでいた彼女と、きっかけは何だったか分からないが、急に縁遠くなってしまった。最初は琢磨が一方的に気持ちが冷めてしまったからだと思っていたが、彼女の方にも冷めた気持ちが芽生えていたように思え、遅かれ早かれ離れることは必至だったのではないだろうか。
 中学三年生になった彼女はすっかり女性になっていた。彼女の近くを通った時に感じた香りが、一番強烈ではなかっただろうか。きっと彼氏だっていることだろう。
 意識して彼女を見ていると、男の子から一番声を掛けられているようだ。
――あのまま仲良くしていたら――
 そんな感情で彼女を見つめていたのかも知れない。
「おい、琢磨。お前小さい頃、彼女と仲がよかったよな。あんなに大人っぽくなるなんて信じられたか?」
「信じられないよ。目で追ってしまいたくなるよな」
 半分本音である。だが、話しかけてきたやつには、この言葉が本音のすべてだと思ったかも知れない。あえて否定する気にならなかったのは、一日だけの同窓会だと割り切っていたからではないだろうか。
 背が高くなったことで、女性の視線が熱く感じられた。
 男子校なので、女の子から見つめられることもないので、視線を感じると、そう対処していいのか分からない。だが、自然に振舞うことはできた。
――本当は自然に振舞うことが一番難しいのではないだろうか――
 という意識でいたが、間違いではない。自然に振舞うことは、それ以上の自分もそれ以下の自分も、この場で示しては誰も信じてくれないように思えていた。
 同窓会は何事もなく終わったが、琢磨の中に何か大人への階段のようなものが見えていた。それは女性に対してのイメージで、自分の中にある女性への見方が確立されてくるのを感じた。だが、それは、思春期の男の子が女性に興味を持つのとは少し違っているようだった。
――彼女がほしい――
 という思いは強いがそれだけではない。もう一人の自分が見え隠れしている。
 どこか臆病になっている自分を感じていた。女性に声を掛けられないのは恥ずかしいからだけではなく、何かそれ以外に必要以上のわだかまりを感じている。
 先を読みすぎているのかも知れない。余計なことを考えると、どうしても先を読んでしまう。それも過去を引きずっての先読みであれば、過去を気にして前を向くことができない。
 過去に何かがあったわけでもないのにわだかまりを感じているとすれば、妹へのイメージではないだろうか。
 小学生の頃、大人しかった琢磨は、自分に少し女っぽいところがあるのが気になっていた。いつも受身で、自分から行動することもなく、女の子と一緒にいる方が落ち着いていた。それは男の子のようなガサツにうんざりしていたところがあるからだろう。
 格好も女の子のような雰囲気が多かった。髪型もおかっぱで、色白で、ナヨナヨしているところもあった。そんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
 中学生になって見た映画で、男の子と女の子の身体が入れ替わるというのがあった。映画の世界なので、
――最後は元に戻るに違いない――
作品名:短編集112(過去作品) 作家名:森本晃次