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短編集112(過去作品)

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 すべてを忘れてしまった夢は、自分にとって、本当に忘れてしまいたい夢だったのか、逆に本当は忘れてしまうにはもったいないほどの楽しい夢だったのかという両極端などちらかではないかと思っている。
 夢を百パーセント覚えているということはありえない。夢とは元来忘れてしまうものだ。
 現実の世界も、夢から見ることができるからではないだろうか。夢から現実の世界を見て、夢の世界と混乱してしまうと、どこかで現実の世界までねじれてしまう。
 そんなことを考えていると思い出すのが、妖怪の話である。
 鏡を見ることで入れ替わってしまう自分と妖怪。妖怪はそれをじっと待っているのだ。
 妖怪が夢の中の自分で、妖怪が持っていた鏡が、夢と現実を結ぶ鍵だったのではないかという考えはあまりにも突飛であるが、説得力がないわけではない。
 心の中に強烈なイメージとして残っているのは、恐怖心を煽っているからだ。特に臆病な時に自分の存在を感じるのは、妖怪のイメージを夢の中の自分に置き換えるからである。
 暗殺者が前の日に見た夢を想像することができる。
 翌日、自分が誰かを暗殺するのは分かっている。夢の中でもハッキリと意識できるのだ。そして、その時見ているのが夢であるということも最初から分かっている。
「すべてが夢であってほしい」
 と感じているからかも知れない。
 夢を見ながら、殺す相手をイメージの中で作り上げる。顔も分かっているはずなのに、イメージがどうしても湧いて来ない。
 それでも湧かせようとすると、今度は恐ろしさがこみ上げてくる。
 輪郭が見えてくる。見覚えのある輪郭だ。障子の向こうに輪郭がシルエットとして浮かんでいる。見覚えのある輪郭は次第にそれが自分であることに気付く。
 障子が何の前触れもなく開く。一気に開いているので、眩しさからか、すぐに相手の顔を確認できない。
 だが、次第に分かってくると、声にならない悲鳴を上げる。
 その顔はまさしく自分ではないか。恨みをこめた目、唇を噛み切ったように口からは血が流れている。
 断末魔の表情がこんなにも恐ろしいものだということを目の当たりにする。
「俺でよかった」
 最初はそう感じるものだ。何しろ暗殺などという大それたことができるほど、まだ人間ができていない。人間ができていれば暗殺の実行者などに選ばれないだろう。何しろ「捨石」なのだから……。
「捨石」だということも分かっている。大それたことをするのに、歴史に名前が残るはずもない。名前が出てきては困る人間なのだ。
 相手を殺すことの罪悪感を、その時に初めて感じる。
――明日はうまく殺せるだろうか――
 と考えると、
「俺でよかった」
 と感じるのも無理のないことだ。
 だが、結局は自分も抹殺されることも冷静に考えれば分かってくる。正直、夢で自分の断末魔の表情を見るまでは、自分が抹殺されることなど考えもしない。
「相手を確実に殺すことだけを考えればいいのだ」
 と上から言われて、理不尽ながら、命令に従わなければならない。それでも、最後には助けてくれるだろうという考えがあったのも事実で、それがなければ、いくら時代が殺すか殺されるかの時代であっても、承服できないことである。
 自分も抹殺されると思っても、実行日は明日である。それからの自分は人を殺めてしまったことへの良心の呵責と戦いながら、自分の立場をどのようにすればいいか考えなければならない。
 だが、実際に相手を殺めてしまわなければ、それまでにいくら考えても、人を殺した瞬間から人間が変わってしまうのである。
 そこまで考えると、考えることがすべて無駄に思えてくる。
 イメージだけを残して暗殺者は、じっと決行の時を待つ。それがその人の運命であり、彼に殺められる人の運命である。
 それで時代が変わってしまえば、彼は変わった時代を見ることもなく、行き着く先は天国か地獄か、誰にも分からない。何が正しくて、何が悪いことなのか、そんな次元を卓越している問題なのかも知れない。
「結局、世の中奇麗事では済まされないんだ」
 彼はそれを結論に、人生を全うすることになるのだろう。
 ストレスを溜めないようにするために、夢を見る。夢を見ると、奇麗事で済まされなくなってしまう。
 結局、自分が考えられる最悪の形を夢に見てしまう。
「あの角を曲がったからだ」
 普段考えることもなく行動している時はいいのだが、あの時に、踏み入れてしまった足を見て一瞬、
「しまった」
 と感じた。
 ジンクスめいたものを感じたのかも知れない。それがそのまま潜在意識として夢を見せる。子供の頃の思い出や、気に掛かっていることを含めて……。
「明日、もう一度あの角の前に立ってみよう」
 と考えたが、果たして明日、あの角が存在するだろうか?
 またしてもおかしな発想が頭をよぎった。想像はとどまるところを知らない。
 両側に鏡を立てて、自分の姿を見ている感覚に襲われる。そこに写っているのは、足に根っこが生えた妖怪の姿で、その顔は、紛れもなく富松そのものだった……。

                (  完  )

作品名:短編集112(過去作品) 作家名:森本晃次