誹謗中傷の真意
「あの男は、高校生になると、完全にオトコになってしまい、本能の赴くままに行動するようになった。抑えが利かないのか、利かせるつもりがないのか、どちらにしても、女に対しては、本当にだらしなくなっていた。やつが好きになる女性は数知れず、誰であろうと好きになり、体裁もあったものではない。こんなに好きになるということは、本当に好きなのかどうなのか疑いたくなるものだが、こお男の場合は、どうなのか得たいが知れなかった」
と、前置きがこの後しばらく続く。
「中学時代には、金にモノを言わせて、何でも何とかなるという意識を植え付けていたのだが、高校生になるとさらにたちが悪くなり、金ではなく、暴力で何とかしようというのだった。彼は別に力が強いわけではない。したがって狙いは女性か、老人か、子供である。老人に興味はなく、子供も後から親が出てくれば、太刀打ちできない。しかし、相手が女であれば、少々のことをしても、捕まらないと聞いたことがあったのをいいことに、暴行してそれをさらに脅しに使うことで、いくらでも自分の言いなりになり、お金を使うことなく、奴隷にできると思っていた」
何ともこれが自分に対してのことでなければ、こんな男、情けない男だと思うのだが、自分のこととして書かれているとすると、どうにも我慢ができない、もしこれが本当のことであれば、却って怒りはこみあげてくることはないが、まったくのでっちあげを食らわしてくるのであるから、許せない。
倉敷はそう思っていた。
だが、時々倉敷は、この内容を、
――本当に根も葉もないウワサにすぎないのだろうか?
と感じていた。
倉敷は、自分がいくらなんでも、こんなバカなことをする人間ではないと思っているのだが、この話を他人事として読んでいるにも関わらず、よく見てみると、その話が自分のことのように思えて仕方がない時がある。
――俺なら、こんな時、こんな感情になるのにな――
と感じることがあるのだ。
実際に体験したことがなければ、感じることのできない感情を、思い浮かべることができる。
それこそ、今まで感じたことのない感情のはずであった。
ただ、まるでデジャブのような感覚だった。目の前に一人の女がいて、その女が自分を誘惑してくる。高校生のまだ女を知らない童貞だった。
童貞だったというのは、女が嫌いだったというわけでもなければ、一度しようとしてが、失敗して笑われたために、それがトラウマとして残ったために、しばらくショックが続いたというわけでもない。そんな普通の中学生ではなかったからだ。
女なんかよりも、もっと楽しいものがあったのだろう。これもひょっとすると、お金で奴隷を飼っていたという感情からであろうか。そんなバカなことはなかったはずなのに、高校時代のこの時の感情がウソではない感情として頭に残っていたとすると、中学時代のこのウワサも、まんざら嘘ではないような気がする。
中学時代に自分が思春期を迎えていたという意識はある。しかし、女の子を好きになるという感覚はなかった。ただ一つ気になっていたのは、自分のクラスメイトが、女の子と一緒にいて、それまでしたこともないような、楽しそうな表情をした時、
「女と付き合うというのって、そんなに楽しいものなんだろうか?」
と思ったのだった。
女と付き合うことがどれほどのものなのか、知る由もない。女が自分のことを好きになって、それで奴隷のように従ってくれれば、これほど楽しいことはないだろう。だが、女というのはわがままで、男が思うようにはいかないのが常だと知っていればこそ、中学時代に女に興味を持たなかったのだ。
高校生になって、クラスメイトの一人が、内緒話の中で、
「ほとんど、強引にやっちゃったら、相手は俺のいいなりさ」
と言っていたやつがいて、多分に話を盛っているというのは分かっていたが、そうと分かっていても、興奮するものだった。
相手も話を盛っているということを意識していることで、余計に淫靡な話し方になる。
倉敷はそんな自分がくだらない話にのめり込んでいくのを感じた。
だが、くだらないと思っていても、相手は自分の話に酔っているようだ。その気持ちが分かるだけに、淫靡な話し方は、女を知らない倉敷に興奮を与える。
それは、自分が女を襲っているよりも、興奮する気分だった。
女が目の前で襲われている。女は必死になって抵抗を試みるが、抵抗すればするほど、男は相手の服を脱がせやすくなり、蹂躙できていくのだった。それはまるで抵抗しているのが実は演技ではないかと思うほどのあざとさに、自分がその女に騙されているかのような錯覚を覚えた。
――俺を騙そうとするなんて――
と、自分を騙そうとしたり欺こうとする相手を、特に嫌っていた倉敷は相手が女であろうとも容赦はしない。
その思いから、男に襲われている女を見ると助けるどころか、自分が黙って見ていることが自分にとっても快感であり、相手のあざとさを自分がまるで成敗しているかのような気分にさせられた。
男にとって、何が興奮なのか、思春期の時には分からなかったが、やはり女性を蹂躙することである。相手が必死になって許しを乞う姿は一体、どのような気持ちが自分を襲うというのだろう。
身体の一点にまるで血液が集中していくようで、襲われているはずの女の視線が自分の血液が集中している股間を見ていると思うと、今度はこっちが恥ずかしくなる。
だが、相手が自分の股間を見た瞬間、それまでの抵抗が若干やんだように見え、何かを待ちわびているように感じられると、もうその女を助けてやらなければいけないなどという感情は、消えてしまうであろう。
女は妖艶に微笑む、襲われているはずなのに、襲っている男の顔を見ると、そこには、すべてを受け入れようとする、それまでにはなかった感情がこみあげてくるのだった。
襲われている女を目の前に見ながら、まったく同じ女を想像の中で自分が襲っている。
――これは夢なんだ――
と感じているが、夢だと思うのは、目の前で必死に抵抗していた女が、襲っている相手を逆に襲おうとしているのを見たからだ。
その女は、男の敏感な部分をズボンの上から指でつまんだ。
「おおっ」
と男は思わず、声を挙げる。
そして、次の瞬間には、それまで必死になって襲っていたその顔が、情けなくも快感に歪んでいるのである。
女の顔も男を上目遣いで、まるで何かのおねだりをしているようにさえ見えた。男はそのおねだりに対してなのをしていいのか、情けない顔からは想像ができない。
完全に立場は入れ替わった。女が男を襲っている。すっかり男は先ほどのオオカミではなくなってしまい、まるで猫のようになってしまった。
しかも、またたびによって酔わされた猫同然である。
女はキツネであろうか。男はオンナが見せている妖艶さに完全に酔っていた。女が、
「こっちこっち」
と手招きをする方に、次第に歩いていく。
女がベッドの中から誘う姿をしている中で、その中に入り込んでしまうと、男は永遠に目が覚めない奈落の底に落ちていくのだ。
「一体、どこからどこまでが現実で、どこからが夢だったのだ?」
と感じた。