誹謗中傷の真意
といって断られ、その次は母親から、
「息子に近づかないでください。警察に事情を聴かれたなどというウワサが流れれば、ロクなことはないので、世間体も悪いし、やめてください」
ということだった。
親からそう言われてしまうと、無碍に警察として動くわけにはいかない。
そのせいもあって、それ以上無理をすることはできなかった。何しろ親権は母親にあるからだった。
両親が離婚して、息子は父親と一緒に本当は暮らしたかった。
しかし、離婚の時の条件で、
「親権は母親に」
というものがあり、母親と離婚することだけを考えていた父親に取って、息子という厄介者を背負わなくていいのは、望むところだった。
そのせいで一緒にいるのが嫌で嫌でたまらない母親と一緒にいなければいけない息子は、どこで知ったのか、中学生になった彼は、教団に相談を持ち掛けるようになり、そのうちに入信してしまったようだ。
まだ未成年なので、本当の入信は母親の許可がいり、できるはずもない。
しかし、この教団は、幸か不幸か、勉強会の形も呈しているので、そちらでまずは勉強することにした。
少年は結構勘が良かったり頭が良かったりする、校長がこの教団の命名の意味を、、何と中学生の段階で看破した。それは、教団の他の連中も、さらに校長をもビックリさせるものだった。
校長は、
「この子は、私の後を継げるほどの逸材だ」
と感じ、本当は手放したくないと思っていた。
だが、家庭での少年の立場は微妙なものになっていた。母親は生活をしていかなければいけないことで息子に構っている暇はなくなった。そういう意味では解放されたというべきであろうが、いつ怒り出すか分からない母親と一緒に暮らすのは、地獄のような思いだったのだ。
一度恥を忍んで父親に会いに行ったが、
「行くんじゃなかった」
と思うほど、実に覚めていた。
明らかに、前の家族のことは忘れて、これからの自分の人生を歩むということにだけ集中しているようにしか思えない。
そんな家族の本性に完全に気付いてしまった彼は、もう卑屈になることもなく堂々と教団に通い続けた。
「どうせ家族は自分のことで精いっぱいで、何も言わないんだ」
と思ったからだった。
彼が警察署で質問をしたのはそんな時だった。
「相手は誰でもいい、聞いてほしいと感じたらしいです」
と、あの時、密かに先生に、
「どうして彼はあんな質問をしたんでしょうか?」
と気になった辰巳は、先生に訊いてみた時の答えだった。
もちろん、先生が彼の真意を分かるはずもなく、無難に答えただけだった。
辰巳にもそんなことは分かっているので、それ以上先生に何も聞かなかったが、学校の先生といえども、しょせんは公務員、子供一人一人の向き合っていないことがハッキリとし、辰巳はショックを受けていた。
そんな状態から、一週間が経った時、
「中学生が自殺未遂をした」
という話が聞こえてきた。
聴いてみるとその時の少年で、命に別状はないというが、しばらくは入院が必要だという。
母親が付きっ切りで寄り添っているようだが、父親は、一度様子を見に来ただけで、その一度キリだという。その一度も、ただ来たというだけで、誰ともロクに話もせずに、状況だけを聞いて帰ったという。完全に
「離散した家族」
であった。
遺書のようなものがあったとは聞いていない。だが、教団では、
「あの少年が自殺未遂? 何となく分かる気がする」
という話が訊けた。
「あの子は、いつもどこにいても、心ここにあらずという感覚で、話をしていても、まるでリモートで会話をしているような感じがして、呼吸スラ感じないようなことがあったくらいなんです。いつかはこんなことになるのではないかと思っていましたけど、我々にはどうすることもできませんからね」
といっていた。
この教団は人の相談には乗るが、その人が自殺未遂、あるいは自殺をしたとしても、それはその人の選んだ道であり、否定も肯定もしない。だから、責める気もなければ、絶対に自殺をしそうでも、止めることはしなかった。
とめてはいけないというルールがあるわけではなく、
「世の中には、どうすることもできないことだってある。生殺与奪の権利なんて、存在しないんだ」
というものであった。
実に冷たいように見えるが、実際に冷たい関係で、だが、それも致し方がないと感じる辰巳刑事だった。
「そういえば、倉敷が殺されたということで訊きとりにいった時も、誰も彼の死を悲しんでいるという人はいなかった。偽名を使っているということもあって、イメージがわかないというのもあるだろう。それだけに、余計に教団の得体の知れない雰囲気が感じられそうだ」
と感じていた。
しょせん、宗教団体などそんなものではないかと辰巳は思ったが、考え方には一目置く者がある。
「宗教団体は利用するものであって、決して利用されてはいけない」
というのが教訓ではないかと辰巳刑事は思っていた。
「どうして少年は自殺を思い立ったのだろう?」
という思いと、もう一つは、
「なぜ今なんだろう?」
という思いが渦巻いていた。
見ているといつ自殺をしてもおかしくないと、学校では見られていたが、逆になかなか自殺をしないことで、まわりも、
「思いすごしだったかな?」
と感じるようになっていた。
それだけに自殺未遂を起こしたのが今だったということに、何か意味があるような気がして、辰巳刑事は、早く彼が回復してくれることを待った。
倉敷が死んでか二週間。自分たちが知らない何かが存在しているのかも知れない。辰巳刑事にとって、二人の関係は、どうしても切っても切れない関係に思えて仕方がないのだった。
それを思うと、少年が警察で訊いた質問の本意がどこにあるのかを探ってみる必要があると、辰巳刑事は感じた。
少年と仲が良かったという人が後日、警察にやってきた。
「実は、彼が自殺しようとした理由なんですが……」
といってやってきた男性は、年齢的にはちょうど死んだ倉敷と同じくらいであろうか。
やはり、教団の入信者であるが、入信したと言ってもごく最近のことで、教団歴は、中学生である自殺未遂を心得た少年よりも短いくらいだった。