誹謗中傷の真意
「画期的で素晴らしい発明」
と言われるようになるかも知れない。
ハッキリと、その発明が「悪」だと誰が決めたというのか。
そもそも、まだ世間で公表されていないことなので、一部の人間だけの判断ではないか。いくら知識のある有識者による一部の人間であっても、全体としての意見ではない。むじろ、一方向に傾いていると言ってもいいだろう。
そう想うと、発明におけるパイオニアは、どんな発明であっても、素晴らしいことであるに違いない。ただ、問題はそれを使用する人にあるのだ。発明者が、発明品を、
「それは危険なものであるから、使用する場合は最善の配慮が必要だ」
と言っているにも関わらず、発注者が自己の勝手な理屈で使用としてしまったとしても、開発した科学者が責められるのは、歴史の常である。
これこそ理不尽というもので、今問題になっている誹謗中傷にも言えることではないだろうか。
本人は拡散のつもりはないのに、勝手に拡散してしまうこともある。自由という言葉を履き違えている人が多いから、そういうことになるのである。
誹謗中傷に対してパイオニアという発想が絡むと、少し何かの見方が変わってくるかも知れない。それを校長が教えてくれたような気がして、清水は四階に上がった。四階では辰巳刑事が事情聴取を行っていたが、教団の人たちは相手が刑事であっても、それほど意識していないように見えて、それも少し意外だった。もし、先に校長の話を聞いていなければ、目の前での事情聴取を俄かには信じられなかったことだろう。
「ああ、清水刑事、お疲れ様です」
と、清水刑事が三階から上がってきたのを見て、今まで話していた内容を取戯るにも関わらず、辰巳刑事は清水刑事に声をかけた。
普通の事情聴取では考えられないことだった。なぜなら、事情聴取というのはこちらが無理にお願いして時間を取ってもらっているからであって、いくら上司が目の前にいようとも、途中で話を途切れさせられるなど、普通であれば考えられないことである。
それを辰巳刑事は意識することもなく行った。それだけ、彼らと打ち解けているということだろうか。初対面のはずなのに、辰巳刑事がここまで気さくな雰囲気も珍しい。どういても聞き取りには見えなかったくらいだ。
「こちらは私の上司にあたる清水刑事です」
と言って、まず聞き取り相手に清水刑事を紹介し、
「こちらが、今お話を伺っている、桜井さんです。最近、ここのよく通うようになったらしく、いろいろ博学で教えていただいております」
と清水刑事に紹介した、
お互いに礼をして挨拶を交わしたが、最初に口を開いたのは、桜井と紹介された男性だった。
「警察の方にも辰巳刑事のような気さくな方がおられるのを知って、私も楽しくお話させていただけています」
と言った。
「そう言っていただけると嬉しいです。どうしても私たちが仕事上、事件の話になったり、関係者への聞き取りだったりが多くなりますので、形式的な話が多くなってしまいます。お互いに相手を探るようなことなく、気さくにお話ができれば、これほどいいことはないと思うんですけどね」
と清水刑事は、そう言いながら、自分でも、まさにその通りだと言い聞かせた。
そもそも気さくに話ができない理由には、相手が警察相手だということで、どこまで話していいのかを考えてしまい、本当の自分を出さないからであった。だから警察の方も疑ってみたり、最初から決して信用しないような目で見てしまったりするので、どうしても形式的な話に、相手を探るような目になってしまう。それは実に悲しいことで、寂しいことだと思うのだが、どうしても刑事という立場と、実際に起こっている事件を考えると、そうも言っていられないのであった。
しかも、今回だって殺人事件の捜査であり、明らかに一人の男性が殺されているのだ。軽い気持ちで捜査などできるはずもなく、相手をどのように考えるか、そこが問題であったのだ。
確かに今日の教団に対しての聞き込みは、相手が宗教団体だというデリケートな団体であることから、一般信者には、あまり立ち入った話をするのではなく。被害者のことへお聞き込みも大切だけど、教団を知るというくらいの気持ちで話をすればいいとは言っていた。教団についての詳しい話は、清水刑事が校長に直接聞くということで話はついていたのである。
教団の命名
「先ほどのお話を、もう一度、清水さんにも私からお話しましょうか?」
と、桜井と呼ばれた男が言った。
彼は警察というところが、相手が変われば何度でも同じことを聞き込みで聞いてくるということを知っているのだろう。気を遣っているような感じで、そう話しかけてきた。
「そうしていただけると助かります」
と言ったのは清水刑事、辰巳刑事はすでにこの場を二人に預ける気になっているようだった。
「先ほども辰巳さんとね、話をしていたんですが、刑事さんたちは、倉敷という人が殺された事件を捜査されているんですよね?」
「ええ、そうです」
と清水刑事がいうと、
「でも、我々には倉敷という名前を言われてもピンとこないんですよ。ここでの名前は本名である必要はありませんからね。特に今のようにセキュリティだったり、個人情報だったりとうるさいので、教団も本名にこだわることはないということになっているんですよ」
「じゃあ、まるでネットの世界のように教団名なるものがあるということでしょうか?」
「そこまでかしこまったものではありません。自由に使用できる名前ということですね。人によっては、番号にしている人もいるくらいです」
「まあ、そんな感じですかね。でもさっき辰巳さんのお話を伺っていて、心当たりのある方を思い出しました。ここでは新見と名乗っていましたね。最初本名ではないのでは? と訊いたところ、本人からは、大好きな中国地方の地名を使ったというんです。新見というのは、そういえば、倉敷から伯備線で山陰に向かう途中にある土地のようですね?」
と、桜井にいわれて、ちょうどその地方のことなら自分も興味を持っていた清水刑事にも大体の地図は頭に浮かんできたので、ピンとくる地名だった。
「なるほど、おっしゃる通りですね。でも、倉敷というのは本名なので、それは偶然ということでしょうか」
と清水がいうと、少し頷いた桜井は、
「新見君ですが、彼は結構真面目なところがあって、よく他の信者の人と話をしていることが多かったですね。どちらかというと人の相談に乗っていることが多かったです。そのうちに、新見さんは人の話を聞くのがうまいという話しになって、若い人から年寄りまで、果ては女性までもが彼に話にいっていましたね。なかなかそこまで一人に集中することって珍しんですけどね」