誹謗中傷の真意
「じゃあ、それは本当にいたちごっこをしているようなものですね。たとえは悪いですが、まるでサイバー攻撃と、それを防御する方お闘いのような……」
と清水刑事は言った。
「そうですね。冷戦時代の核開発競争にも近いものがありますね」
という校長だったが、
「ということは、今のままでは、誹謗中傷がなくなるきっかけは分かっているのに、なくすことばできないという大きなジレンマにいるような感じだと言えばいいんでしょうか?」
「ええ、だから、我々のような教団が必要ではないかとも思っています」
という校長に、
「どういうことでしょうか?」
と清水刑事は訊いた。
「私たちの勉強会というのは、そういう研究もしています。今もお話で言った話も別に私の意見というわけではなく、勉強会に参加されている方が話し合って出てきた結論の一つなんです。私があくまでもその意見に賛同したので、今ここで、それをあたかも自分の意見のように申しましたが、基本的には勉強会での意見の一つです。だから、答えは一つではありません。そこを誤解のないようにしていただきたいと思いましてね」
と言った。
「じゃあ、さっきの意見も相手が私だからしてくれたと思ってもいいんでしょうか?」
と清水刑事は本当にそう思っていた。
「ええ、私は相手を見て話しをしているつもりです。清水刑事さんという方を信者の方で知っておられるという人もいましたので、予備知識はあったつもりです。刑事さんなら、私の話を聞いて理解してくれるんじゃないかと言われていましたし、実際いお会いして私もそう感じましたので、話をしました。普通本当の初対面であれば、ここまでの話はいたしません」
と、校長は言った。
「私は、ここに来るまでは、他の宗教団体のように、何かの宗教を母体にして、布教を強いるのが目的の他の宗教と同じイメージを持っていましたが、実際に来てみると、皆さんの名称も違っているので、それは隠れ蓑のようなものなのか、本当に普通の合奏のようなものなのかという、二者択一を感じました。でも、校長と話をしていると、そのどちらでもないということに気付いた気がします。教団という言葉にふさわしくない感覚ですね」
と清水がいうと、
「我々は別に社会貢献や人助けなどをしようという、大それた考えを持っているわけではありません。ただ、今の世の中や個人個人が抱えている悩みを吐き出しながら、それについて意見交換することで、少しでもその人が気が楽になってくれればいいというのが、ここの出発点でした。そんな場所は今どこにもないですし、われわれがパイオニアになれればいいという思いです」
と校長は言った。
「じゃあ、ここが評判になったとして、似たような施設が他にできたとしても、それに対してはどう感じますか?」
「別に悪いことではないと思います。ただ、似たような組織であっても、それを隠れ蓑にして宗教への布教活動であったり、詐欺行為をするような団体であれば、我々にはそれを黙って許す気はありませm。何らかの報復はあるでしょうね」
と、刑事である清水の前で堂々と言ってのけた。
ここまで堂々と言ってのけると、さすがに清水刑事もたじろいでしまった。本当にそのつもりなのかどうかは分からないが、気持ちは分からなくもないと思ったので、そこに言及するつもりはなかった。
「誹謗中傷に関しての話はよく分かりました。今のお話を伺って、被害者の倉敷さんという方の話も、ひょっとするとここで行ったのかも知れませんね」
と清水がいうと、
「それが、その形跡はないんですよ。一応勉強会の議事録はちゃんと毎回残しているんですが、その倉敷某という方を主題とした履歴は残っていないんですよね。ひょっとするとではありますが、偽名を使われている場合もあります」
と校長がいうと、
「ここでは偽名はありなんですか?」
「ええ、別に偽名を使っても。我々が損をするということはありませんからね。勉強会では参加費を頂いておりますが。それはあくまでもお弁当代や我々の運営費の手助けをしていただける程度の金額ですので、その時々で徴収しております。だから、後から頂くとか振り込みでもないので、問題はありません」
「本当に勉強集団という感じなんですね」
「ええ、その通りです」
「ありがとうございました。いろいろ参考になりました」
と言って清水刑事は頭を下げ、校長室を出て行った。
そして、辰巳刑事のいる四階に向かったのだが、頭の中は今の校長の話が渦巻いていた。
――校長の話は確かに素晴らしかったが、実際の信者と呼ばれる勉強にきている人はどうなのだろう? いろいろな考えの人がいるんじゃないか? いや、いるからこその団体であり、そんな人々が意見を戦わせるからの勉強会と言えるのではないだろうか――
と清水刑事は考えていた。
誹謗中傷というものが、実際に社会問題になっているのも事実で、何かあれば、その人を攻撃する。もちろん、最初に攻撃を始めた人がいて、そこから炎上するのであるが、最初に炎上させた人は、自分が最初に炎上させたということに気付いているのだろうか?
気付いているとすれば、その人が何を考えているのかを想像してみた。
「俺の言い出したことから火が付いたんだから、俺がパイオニアであり、他の連中とは目の付け所が違うんだ」
と思っているかも知れない。
そんな人間に、誹謗中傷が悪いことだという意識があるのだろうか? どんなことであれ、最初に始めた人間が偉いという考えの人は、どこにでもいるだろう。昔から小説などに登場する博士などで、その発明がどんなに悪いと言われることであっても、それが今までに誰も開発したことのないものであれば、本人は満足することだろう。満足感がなければ、この発明はただ虚しいだけだからだ。虚しいと思ってしまうと、いくら最初に開発したことであっても、表に出せないと考えるのは、通常の理性を持った考えであり、こちらも、
「世間一般」
と言われるものであろう。
そもそも悪いことだと思っても開発を始めたのは自分だ。中には自分の気持ちに逆らって、国家から押し付けられた開発もあったかも知れない。その人は相当なジレンマに悩まされたことであろう。
ただ、科学者というもののプライドや感情は、普通の人よりも相当高いところにあるに違いない。
このように、発明を自分の手柄とは考えず、世間に対して悪を押し付けただけだと考えてしまうと、ひょっとすると、その人の科学者としての人生は終わっているのかも知れない。理性やモラルという感情が、科学者としての自信やプライドを許さない形になるのだ。
前者では、科学者としてのじしにゃプライドは、モラルや理性を許さないなどという思いはない。むしろ、それらに対してジレンマを感じているが、それを感じないようにしないと、自分が科学者でいることができなくなるという思いから、葛藤を重ねたうえで、敢えてパイオニアとして君臨する道を選ぶ。
しかし後者では、明らかに、
「許さない」
という感覚が渦巻くことになる。
世間一般では、後者の方が常識的で、当たり前の人間の感情だと言われるが、果たしてそうだろうか? その時には悪と呼ばれていた発明であっても、寸年後には、