誹謗中傷の真意
では、最初から殺害予定だったということで考えると、確かに防犯カメラは入り口にしかないのは分かっている。しかし、叫べばどこかしらに声が響く中、誰かが飛んでこないとも限らない。しかも、声を立てなくても、普通に見られる可能性だってないわけではない。その危険性はむしろ高いと言ってもいいだろう。
ただ、今は何も分かっていない中でいくら想像を巡らせても、それは勝手な想像でしかない。そのためには、事件の前夜に何があったか、そしてその背景に何が蠢いているかということが問題になってくる。
「やはり即死だったんですかね?」
と監察官の人に訊いてみると、
「即死とまではいかないかも知れないけど、致命傷はこの胸に刺さったナイフだね。かなり近距離から身体を預けるように突いたみたいで、そのまま、少し回すように抉っている。殺人に慣れているとまでは言わないが、犯人は殺害する時に、それほど慌ててはいなかったとも思えるんだ。ナイフを抜いていないのも、きっと返り血を浴びるのを恐れたんだろうね。至近距離で刺した方が、返り血も浴びにくいということも分かっているようだし、そう考えると、ある程度の計画性は感じ取ることができるよ」
と言っている。
「なるほど、じゃあ、指紋なんかを残すようねヘマはしていないんだろうね」
と聞くと、
「そうだね、多分、手袋のようなものをしていたんじゃないかな? 血で触った指の痕が残っていたところがあったんだけど、そこには指紋はなかった。そう考えれば、手部狂をしていたと思うのが、一番自然な気が吸うね」
と鑑識の人は言った。
「状況から見ると、用を済ませてから個室を出ようと扉を開けたところ、目の前に犯人がいて、声を挙げるまもなく、刺されたと考えるのが一番じゃないかな? 誰に見られるかも分からないので、長居は無用だし、それにしても、トイレを殺害現場に遣うというのはちょっと考えにくい気がするんだけどね」
というと、後ろから小野寺巡査が、
「外部の人間の仕業かも知れませんよ」
と言った。
「外部の人間であれば、知らない人が会社に入ってきて、トイレに入ったのであれば、どこか怪しく思われる危険性があるんじゃないかな?」
というと、
「いいえ、そんなことはないんです。この会社は貿易関係の会社で、普段から営業などで人の出入りが多い。つまり営業の人が結構いるということですね。だから、ここには普段従業員だけが使うトイレが別にあって、ただ狭いので、大の時などは、どうしても、来客兼用のトイレを使わざる負えないこともあるんです。だから、来客用のトイレに部外者がいたとしても、普通は誰も怪しみません」
「なるほど、じゃあ、被害者もこっちに流れてきたということだね。でも、それをどうして半人が予見することができたんだろう? よほど被害者の行動を逐一観察していないとできない芸当に思えるんだが」
と辰巳刑事がいうと、
「確かにそうですね。でも、このトイレで部外者がいても怪しまれないということは事実なんですよ」
と、自分の意見の正当性を小野寺巡査は訴えていた。
「もっといろいろ知りたいものだ。あまりにも情報が今の段階では少ない。ただ、やはりここでの殺人はかなりのリスクがあると思ってもいいような気がするんだが、そうなると犯人の気持ちがどうしても分からない。一体この犯人は、何を考えているのだろうか?」
と辰巳刑事は考えていた。
「死因はナイフによるものだろうけど、それ以外に被害者が受けているなのかってありますかね? いきなりだったとはいえ、胸を刺されたんだから、悲鳴暗いあってもいいかも知れない。もし今日はなかったとしても、犯人とすれば、声を立てられることを一番恐れると思うんだ。そのためには、何か他に死に至らしめるだけの力はなくとも、刺してから声を立てることができない状況に持っていくということくらいできそうな気がするんだけどね」
と、清水刑事が付け加えた。
清水刑事と辰巳刑事は、小野寺巡査に伴われて、まずは第一発見者に話を聞くことにした。
「すみません。お待たせいたしました。さっそくですが、少しお話を伺いたいと思いまして」
と清水刑事がいうと、
「話なら、このお巡りさんにしましたよ」
というので、
「すみませんが、我々にもお願いできますか? 直接お伺いしたいと思いますので」
と辰巳刑事は言ったが。第一発見者としては、
――もう一度聞きたいというよりも、この俺の態度を見て。怪しいかどうかを探ろうっていうんだな? こういう事件の時は、第一発見者を疑えっていうからな――
と考えた。
確かに、刑事ドラマなどでも、何度も同じ質問をすることで、容疑者でもない人間には不快に感じることもあるだろう。テレビを見ている時は、
「さすが公務員だな」
と感じていたが、最近ではそれだけではないような気がしていた。
確かに、第一発見者には、何度も話を聞いているが、第一発見者に何度も聴くことで、彼の話に矛盾がないかを見るのも一つの考えであった。相手が警官と、私服の刑事であれば、答え方は必然と違ってくる。最初に警官だと思って舐めていると、後から刑事がやってきて、いかにも、
「お前のあらを徹底的に探ってやる」
と思われているように思えて仕方がない。
まるで、
「ヘビに睨まれたカエル」
状態だと言えるのではないだろうか。
しかし、最初から警戒ばかりしていても仕方がない。供述は真実でしかできないのだからである。
「まずは、あなたは、あそこで殺害されていた人をご存じですか?」
「ええ、彼は事業企画部の倉敷さんです。僕は事業企画部とは違う部署なんですが、面識はありました」
「どれほどの面識ですか?」
「面識があると言っても、友達だというわけでもないし、一緒に食事に行くような仲でもないので、まあいえば、会社で会えば挨拶をする程度ですね。でも、仕事に関しては接触はあるので、仕事の話をすることは結構ありますよ」
「それは場所を変えてですか?」
「いいえ、そんなことはないです。いつも会社の会議室か、どちらかの席の前でということが多いですね」
「じゃあ、二人だけのプライベートな話をするということはないんですか?」
「それが二人とも、大人であるくせに、アニメが好きだったりするので、仕事以外の時間はアニメの話で盛り上がったりすることもあります。ただ、そんな話を会社ですることはめったにないですね。するとすれば、会社の近くのカフェに行ってするくらいですね」
「それじゃあ、友達のようなものではないんですか?」
と、先ほどの倉敷の話と矛盾しているように感じたが。
「いえいえ、友達などというものではありません。あくまでも趣味の話でお互いに盛り上がるだけで、お互いの知識が遭いの知識を補っているというだけの関係でしかないのですよ」
と言った。
今の社会人というのはそういうものなのかも知れない。普段は仕事を離れると誰とも話をすることもなく、皆スマホの画面を見ているだけである。以前のガラケーの時代からそうだったのだが、
「一体、彼らは何を見ているというのだろう?」
と感じていた。