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短編集111(過去作品)

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 気がつけば孤独の中にいた。孤独になるのが嫌だったはずなのに、人との触れ合いをいつも求めているはずなのに、人と話すのが怖い時期があった。それが、会社での会話ができるようになるまでであった。
 学生時代には、人と話ができて当たり前、話題性もそれなりにあったと自負している。話題に関しても、雑学の本を読んだりするのが結構好きだったので、きっと豊富だったに違いない。
 大学時代にできた話ができなくなった背景には、やはりまわりの環境の変化が大きいだろう。それは自分だけではなく、学生時代の友達にしてもそうだ。皆それぞれ違う会社に就職し、まったく違う道を目指している。そのことを思い知ったのは、入社した最初の大型連休に、学生時代の友達と待ち合わせて呑みにいった時のことだった。
「久しぶりだな」
「ああ、まだ卒業してから数ヶ月しか経っていないのに、まるで一年以上後無沙汰しているような気がするよな」
「そうなんだ。仕事のことが頭から離れないくせに、仕事をそこまで理解していないことが苛立ちになったりしているんだよな」
「慣れればできるようにはなるだろうけど、今の嫌だと思っている気持ちが消えるかどうかは分からないから不安なんだよね」
「そうそう、気持ちはお互い分かっているようだね」
 と言って話をしていたのだが、どこか話が噛み合っていないように思えてならない。
 お互いに違う世界で生きているのだから、話が噛み合わないのも当たり前、そのことに気付くと、あまり酒も呑めなかった。中途半端な酔いで帰ってくると、却って寂しさだけが残ってしまった。
 それから学生時代の友達に会っていない。友達と会いたかったのは、お互いに変わっていないことを確かめたかったからに違いない。友達にしても同じ考えではなかったか。
 変わっていないのだが、相手に求めているものが相手に通じないと分かると、変わってしまったのを同じ感覚に陥ってしまう。そこに寂しさを感じるのだ。
 会社では肩身の狭い思いを余計に感じるようになった。
 いざとなれば学生時代の友達とお互いに愚痴を零しあえばいいと思っていたのが、とんだお門違いだったのである。落胆は、孤独を誘発させた。
 しかし、孤独もうまく付き合っていけば、これほど気が楽なものはない。
 大学時代の友達と話をしていても、変わってしまった相手に合わせようとするのは、精神的にきついものだった。
――孤独だ――
 と感じたが、開き直りのようなものがあったに違いない。
 友達と別れて一人になり、考えながら家路についていると、一人も悪くないと思うようになっていた。元々孤独は嫌いではない。
 会社の先輩で、年は五十歳近くになる人がいるが、その人は独身である。奥さんとはかなり前に離婚し、一人暮らしをしながら、毎日の仕事に勤しんでいる。
――寂しくないのかな――
 見ていると哀愁しか見えてこない。まさか、
「寂しくないんですか?」
 などと露骨なことを聞けるはずもなく、先輩の行動は常々気にしていた。孤独に見える人を観察するくせがついたのも、学生時代の友達と話が合わなかった時からであった。
 寂しくないはずはないだろう。先輩にも若い頃があったはずだ。しかも一度結婚を経験しているのだから、人の温もりを知らないわけではあるまい。
 しかし、表情を見ていると、思ったよりもサバサバしている。特に仕事の話を会社でしている時など、楽しそうに見えた。
――これがこの人の本当の笑顔なのかな――
 認めたくない気持ちではあったが、きっとそうではないだろうか。
 まわり全体が孤独に包まれているのに、仕事の話をしている時だけ楽しそうな表情をしていることで、余計に仕事の話が虚しいものに感じられた。
――あんな風にはなりたくない――
 と感じたほどだった。
 だが、自分も孤独をまわりに感じ始めると、少し考えが変わってきた。
――孤独ほど、気が楽なものはない――
 煩わしいものは何もなく、寂しさをいかに紛らわせるかだけである。人とかかわりがあると、楽しい時がいいのだが、少しでも煩わしさを感じると、余計に辛くなるのではなかろうか。
 弘樹は、学生時代に鬱状態になった経験があった。
 元々は彼女ができない自分を見つめすぎて、どこかで余裕がなくなったからに違いないと思っている。
 彼女がいなくても男友達はたくさんいた。男友達と一緒に話をしていれば、彼女がいなくても、
――そのうちにできるさ――
 と思えたからだ。
 だが、友達が彼女と一緒にいたり、数人で話をしていても、
「俺、今日彼女と約束があるんだ」
 と言って帰っていっても、他の連中の表情は、
「しょうがないな」
 と言って羨ましそうではあるが、そんな連中に限って自分たちにも彼女がいたりする。それを分かっているだけに彼らの苦笑が、彼女もいない自分を嘲笑っているのではないかと思えることがしばしばあった。
 被害妄想には違いないが、わだかまりが募っていったのも無理のないことだった。
 それでも弘樹にとっては大切な友達、わだかまりを何とか表に出さないように考えていると、自分の中で抑え切れない何かを感じるようになった。
――自己嫌悪かも知れない――
 何をしていても、自分を見つめている、見つめているくせに正面から見ることができない。
 自分が嫌になってくる。そのうちに、自分のまわりが嫌になってくる。そうすると、すべてが嫌になってくるのだ。
 彼女がほしいなんて感覚も麻痺してきて、人を気にすることが嫌になる。
――いっそ孤独の方が気が楽だ――
 と最初に考えたのがその時だった。
 その時は、半分開き直りだったに違いない。何をしていても嫌で仕方がない時期だったので、バーチャルに楽しみを求めた。意外とテレビドラマを見たり本を読んだりしていた時期だったはずだ。
 本は、暇な時によく読んでいた。精神的に余裕を持ちたい時などに読んでいたのだ。
 だが、その時はまったく精神状態が違う。どうあがいても余裕を持った精神状態などありえない時期だった。ただ、少しでも嫌な気分を落ち着かせたい気持ちがあったから、本を読むことがまわりを嫌で仕方がない時間帯の過ごし方であったのだろう。
 テレビドラマにしてもそうだ。それまでテレビドラマなど集中して見たことがなかった。見るとすれば、ストーリーとしてしか見ていない自分が分かっていたので、流れを考えながらだったが、その時は単純に流れていくストーリー展開に自分が嵌っていたのだ。
 最初こそ漠然と見ていたのが、気がつけば内容に嵌っている。そのシチュエーションを感じる時、
――本当に自分が嫌になっているのかな――
 と思える一瞬がある。それを感じたかったんだろう。
 本にしても、テレビドラマにしても、孤独な中でバーチャルな主人公に自分を当て嵌めているのを感じる。のめりこんでいると言った方が正解だろう。だが、それも後になって気づくことだった。
作品名:短編集111(過去作品) 作家名:森本晃次