小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集111(過去作品)

INDEX|1ページ/20ページ|

次のページ
 

大きくもつもの



                大きくもつもの


 大久保弘樹は、最近考えごとが多くなった。数ヶ月前に失恋し、そのショックがまだ尾を引いているのが原因であろうが、そろそろ立ち直ってもいい頃であることは、自分が一番よく分かっていた。
――失恋なんて、誰にでもあることさ――
 ただ、原因がハッキリとしない。相手に言わせればそれなりに理由はあるのだろうが、今さら聞くわけにはいかない。男としてのプライドもあるし、今さら会いにいけるわけでもなかった。
 彼女にはすでに彼氏ができていた。どうやら、弘樹と付き合っている時に言い寄られていたようで、弘樹がいることを理由に断っていたようだ。
 それが直接の原因ではないのだろうが、原因の一つになったと弘樹は思っている。自分に言い寄る男性が現れたことで、彼女自身、少し弘樹に対しての見方が変わっていったに違いない。
――もし、俺が彼女の立場だったら――
 一つのことに集中するとまわりが見えなくなってしまう弘樹は、最初こそ自分を意識してくれる人が現れても、自分が集中できる人だけを見ているだろうが、そのうちに気になってくるに違いない。まわりを寄せ付けないバリアの一角を崩されると、そこからいやが上にも入ってくる視線を意識しないではいられない。
 我に返るに違いない。
――私は誰を見つめているのかしら――
 じっと見つめている人に違う方向から光が当たっているのが見えると、今まで抱いていたイメージが少しずつ壊れてくる。バリアの空いた穴から差し込んでくる他の男性の視線、熱い視線は、後ろから注がれる。
 怖くて後ろを振り向くことのできない自分を分かっているかのように、視線の先にいる男の唇が怪しく歪んでいるのが目に浮かんできそうだ。
 男の弘樹が想像している男のイメージは、女性を見つめることで相手にかなしばりに陥らせ、妖艶な雰囲気を醸し出しているように思えた。その男は弘樹とはまったく正反対の性格であるに違いない。
 同じような性格の男でないと信じている。同じような性格の男性であれば、彼女が靡くはずはない。ずっと弘樹を見つめてきて弘樹と一緒にいることで、最初は彼の存在を弘樹に告げ、
「私に言い寄ってくる人がいるのよ。でも、今はあなたしか見えないので、相手にしないけどね」
 と言っていたのがウソのようだ。
 男性に言い寄られて嫌な女性はまずいないだろう。男性にしても同じことである。しかし、自分が見つめていたい人がいれば、いくら言い寄られたとしても、他人事のように感じられるのではないだろうか。弘樹には経験はないが、もし他の女性に言い寄られたとしても、意識しないわけはないだろうが、そちらに靡くようなことはないと思っている。
 弘樹は一途だった。彼女も一途な性格である。
――自分が一途なので、一途な女性と知り合うのは自然なことだ――
 と思っていた。理想の女性に巡りあえたことで、有頂天になっていた弘樹だったが、それも無理のないことだ。会話をしていても途切れることはない。いつも話題は弘樹からだったが、会話が弾んでくると彼女の口も饒舌になる。笑いが絶えない仲であったことは紛れもない事実だった。
 かといって、彼女は普段から活発な性格というわけではない。女性の中にいる時は、物静かなタイプだった。
「私、これでも結構人見知りするのよ」
 と言っていたが、分かっていることだった。
 元々二人が付き合うようになったきっかけだって、弘樹が声を掛けなければ成立しなかったに違いない。一目惚れをするタイプではない弘樹だったが、初めて一目惚れしたのは彼女だったのだ。
 そのことを話すと、
「ウソでしょう? 結構一目惚れしそうなタイプよね」
 どこが一目惚れしそうなタイプに見えるのか、彼女に聞いてみたが、曖昧な答えしか返ってこなかった。
「目を見れば分かるもの、私を意識してくれていたのは分かっていたのよ」
 結構視線は露骨だったのかも知れない。その証拠に弘樹が彼女のことを好きになっていることは、まわりの人ほとんどが知っていたようだった。
 学生時代に女性を好きになったこともあったが、女性と付き合うことはなかった。告白したこともあったが、うまく交わされてしまったようだった。
「ごめんなさい。お友達以上には見えないの」
 断る時の常套の文句ではないか。もし、他の男性であれば、
「バカにしやがって」
 と感じるに違いない。だから、きっと女性も他の男性であれば、もっと違った断り方をしたことだろう。
――なめられているのかな――
 男女関係に疎い弘樹をなめてかかっているのかも知れない。しかし、弘樹自身、自分が純情であることを嫌がっているわけではない。そういう言い訳をされることにショックも感じるが、
――そのうちに自分に見合う人が現れるさ――
 とサラリと交わすような考えも持っていた。恋愛にまで発展してしまってから、相手になめられるよりはマジだからである。
 だが、女性と付き合ったことのない時期はそこまで思えなかった。女性を神秘的なものに感じ、男にはないものを持っていて、それを知ることで、自分が夢見心地に陥って、そこから先に広がる人生がまったく違ったものになるであろうと信じて疑わなかった。
 何と言っても身体が反応する。好きなタイプの女性がハッキリとはしていないにも関わらず、街ですれ違った女性を振り返って見たり、すれ違う瞬間に、ドキッとした気持ちになっていたりしていた。自分が男であることを実感させられたのである。
 一目惚れしないのは、決して好きなタイプの女性は第一印象では分からないと思っていたからだ。じっくり見ないと性格までは分からない。性格が悪ければ好きになることはないからだ。
 会社では仕事の話しかしていない。雰囲気が硬い会社というわけではないのだが、誰もが会社では仕事の話しかしない。かといって呑み会が多いわけではなく、皆一体どこで不満や愚痴を零しているのか不思議だった。
 仕事の話しかしない雰囲気の会社は最初嫌いだった。楽しそうな雰囲気で話をしているのだが、どうにもわざとらしく見えて仕方がなかった。
 仕事に慣れるまでは、まだまだ会話に参加できるものではない。仕事をしていても、
――させられている――
 というイメージが強い間は、会話を聞いているだけで嫌なものだった。
 仕事の会話に参加できるようになってから、そのことが錯覚だったことに気付いた。
――他の人との会話がこんなに楽しいものだったなんて気付かなかったー―
 会社以外で知り合いもなく、毎日が会社と家の往復。仕事だけが自分の存在価値を示しているのだが、仕事も好きにはなれなかった。
 ストレスが溜まる仕事で、溜まったストレスを発散させる術を知らないと、人と話をしていても楽しくないだろう。
 会社以外で自分から友達を作ろうとは思わなかった。ほしいのは山々だったのだが、きっと友達ができると、愚痴を零す相手になってしまうことは分かっている。相手から嫌がられて、最悪の結末を迎えるに違いない。
作品名:短編集111(過去作品) 作家名:森本晃次