短編集111(過去作品)
と夢であることを認識できる。景子に淫靡な雰囲気を感じた。だが、明るさのある淫靡さではない。ひょっとして直之を求めているのかも知れないと感じたが、直之はなぜかその日の景子にオンナを感じることができなかった。
すると、それまで感じていた柑橘系の香りが、バラの香りに変わってくるのを感じた。まるで孫悟空がお釈迦様の手の平の上で踊らされているような雰囲気がある。
母親からの呪縛を思い出していた。景子の表情は母親の表情に似てくる。
――そういえば、タバコの煙を毛嫌いしていたっけ――
母親へのイメージである。
だが、タバコを吸い始めたのも、母親への反発からだった。淫靡に見える母親が汚らわしいものに感じられたのは、自分が成長期だったからかも知れない。景子の顔を見ていると、やっと母親からの呪縛から逃れられそうに思えるのだった。
家の近くの美容室に次の日に寄った。ちょうどその日は実習の女の子が、
「私、今日から一人でできるようになりました。お願いできますか?」
と言って立っていた。
石鹸の香りを感じ、にこやかなその顔には、中学の頃の美術の先生の顔を思わせる屈託のない笑顔がみなぎっていた……。
自分が孤独を感じなくなる瞬間を、待っていたに違いない。
( 完 )
作品名:短編集111(過去作品) 作家名:森本晃次