ウラバンナ(青春紀ー1)
「えっ、補導されたの、信じられない……。日頃から悪さ慣れしていないからよ、それにしても古い日活映画で捕まるなんてバカね……。救いようのないバカだわ。先生が折角穏便に済まそうとしているのに……。そこまで意地張って何の意味があるの?」
カトレヤは無許可映画の常習犯だけに私のどんくささに半ば呆れて、美しい顔を歪めてバカを連発していた。
小林旭の渡り鳥シリーズは随分前に封切りされたものが地方の場末の映画館で上映されたものであり、確かに割の合わない校則違反だった。
柊は盆前に、母から浴衣の着丈などの寸法を測ってもらった時に、母は私の反抗的な態度をこぼしていたようだった。
「先公はそんなバカに付き合っている暇はないと言って、俺を置き去りにして学校に帰って行ったので頭にきたよ……」
その頃の私は柊が軽蔑するように、先公と呼ぶことによって不良ぶっていた。
「それで、結局小林旭の映画を観たの?」
演奏が終わってレコード針が一定の間隔で波打っていたが、カトレヤは信じられないといった面持ちで返事を迫ってきた。
「いや、先公がいなければ意味がないので俺も観ないで帰ったよ。だけど、翌日担任に呼ばれて説教されたので”観た”と言ってやったら、愛の鞭をもらったよ……」
先生は軍隊仕込みだけあって“歯を食いしばれ”と予告して、手が鞭のようにしなったビンタを食らっていた。
「もう信じられない! 観てもいないのに何故嘘までついて事態を拗らせたの? 小母ちゃんが心配するはずよ……」
カトレヤはそういう理不尽な行動をとって母親を悲しませたことを批難したが、彼女が母親とつながっていることは明らかだった。
「映画館に入ったのは事実だから、一々言い訳するのが面倒だったんだ……」
その場に補導の先生が来て、“矢納は観ていないので許してやってくれ”と庇ってくれた上に入場料を返してくれたので無罪放免になっていた。
「その補導の先生って温情のある先生だと思うよ。結局はあなたを信じてくれたのだから……。県立高は厳しいから馬鹿していると停学になるわよ」
柊は弟をいたわる様な立ち位置から忠告してきた。
「今後は慎重にやるけど……、でも男には駄目だと分かっていても闘わなければならない場面があるんだよ。女には理解できないだろうが……」
私は補導事件の一連の行動を自己肯定しながら総括した。
「どの口が言っているの、その自慢気なまとめ方は? 今後は慎重にやるって? たかが古い日活映画に青春をかけないでよ。それに男の闘いって何? 母親を泣かせること、先生に反抗すること? 男なら闘う場面はそこではないでしょう!」
柊は母親の心痛を思えばここでガツンと懲らしめる必要があると思ったのか、私の背中を叩いて一喝した。
「わたしの忠告が聞けないのなら、お試し契約も終わりにするわよ……」
私の不良化した言動を厳しく叱責してから、最も痛いところを交渉のカードにしてきた。
「わ、分かったよ。分かったけど柊さんって、オフクロの回し者みたいに保守的だね。もっと俺のことを理解してくれると思ったよ……」
私のことで母親の心情まで思い遣る柊をみて、今まで知らなかったカトレヤの一面を発見した思いであった。
告白
西風が稲穂を渡って朝顔を揺らしていたが、朝顔の陰の長椅子は矢納家の一等の避暑地になっていた。
「最近は西風が吹いて蚊帳が揺れると眠れなくて……」
私は思わせぶりな言い方で、カトレヤの気を引こうとしていた。
「えっ、蚊帳が揺れたくらいで眠れないの? 嫌だぁ、大きな体して、さっきは男の闘いとか言って威張ってたくせに」
柊は呆れ顔をしていたが、用事があるのかレコードを整理し始めた。
「西風が甘い香りを運んでくるから眠れないんだよ……」
「何を訳の分からないことを言っているのよ、わたし家事があるから……」
柊は付き合っていられないとばかりにポータブルプレーヤーを閉じた。
「この裏の田んぼの道を西に四キロ行けばどこに行くと思う?」
私は人差し指で西の方角を示した。
「この田んぼの向こう? 小学校のこと? あっ、池澤君のことね」
柊は言い当てたと言わんばかりの顔をしていたが、私は顔を横に振った。
「あいつの汗臭い匂いを運んできても悩ましくも何ともないよ。そうではなくて綺麗な女子高生がいるだろう?」
「……え? えっ……」
秋津柊の家は池澤捷一の実家の近所にあった。
「ば、馬鹿、冗談も休み休みに言ってよ。何よ、西風が吹くたびに眠れないって……、それってナンパ? わたしには通用しないから!」
これまでカトレヤに言い寄って来た彼らは断られるとドライに新しい彼女を見つけてうまくやっていた……。私は部活でカトレヤを知って以来、高校に上っても一途な思いは冷めることがなかった。そのくせ、これまで告白したことがなかったが、それは一学年下のハンディがあったからである。
「姉はあなたのことを純情だと言って聞いていたけど……。どうやら一流のプレーボーイのようね。きっと他の女性もその調子で口説いているに違いないわ」
柊は蔑んだような目で私を睨みつけてきた。
「誤解だよ! カトレヤに一目惚れしてから、他の女子を口説いたことはないよ……。そんなことより、柊さんは本当に誰とも付き合っていないの?」
柊を盆踊りに誘ってみたものの、もし彼氏がいれば虚しいデートになることを懸念していた。
「忙しい人ね、今度はわたしの身辺調査? さっきも言ったでしょう、わたしの恋人は卓球だから、そんな人はいないって……」
「だったら、俺と付き合ってくれませんか……」
この時、秋津柊への憧れから恋心が萌芽したが、無某な高望みであるとことは自分が一番分かっていた。
「孝ちゃんの友達で年上の彼女っている? わたしの友達だって年下の彼氏は聞いたことがないわよ。だから、昨日も盆限りのお試しと言ったのよ。これ以上わたしを困らせないで……」
柊は逆の学年差を問題にしていたが、当時の女子には彼氏は同学年以上という奇妙な観念が定着していた。
「柊さんは三月生まれで、俺は四月生まれだから……、実際は十数日違いだから、年の違いは問題にならないと思うけど?」
一学年下という現実はどうしようもなかったが、柊もおそらく学齢の魔力に惑わされているに違いなかった。
「プレーボーイは私の誕生日まで調べていたのね……。こんな年上を相手にしなくても、女子高に可愛い後輩がいるから紹介してあげようか?」
秋津柊は私にカトレヤの代用が効かないことを理解していなかった。
「孝ちゃん、この盆の間だけ二人でお試し交際してみようか? わたしをもう少し知れば嫌になるかもよ。告白はそれからでも遅くはないでしょう?」
柊は先ほどの私の思いを一端白紙に戻して、もう少し付き合ってから気持ちの整理をするように提案してきた。
「孝ちゃんだって、恋愛の対象は年上よりも若い子の方がいいに決まっているから……。時間を置いて冷静になれば、きっとそれに気づくはずよ……」
柊は聞き分けのない弟を諭すように言った。
「分かったよ……、お試しだね。恋愛に年なんて関係ないとおもうけどな……」
私は語気を強めて言ったが、結局は柊の意向に従うしかなかった。
作品名:ウラバンナ(青春紀ー1) 作家名:田中よしみ