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自殺を誘発する無為

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 氷室が夢を見る時、時々見た夢が現実を捉えていることが結構あったのだが、そんな時は自分が最悪の場合を考えた時だった。これまでにあった失恋も、何度かこの、
「正夢」
 を見たのだった。
 夢に出てきた付き合っていた女性、いや、好きで好きでたまらないいとおしい人の顔がここまで鬼の形相になるなど、想像もしていなかった。
 氷室が、好きになった女性の顔が一番自分の理想とする表情に見える時は、告白する時であることは自覚していた。
 自分が好きになった人に対して、その相手の顔がいつも同じ顔に見えているわけではなかった。理想としている、いわゆる自分のタイプだと思える顔に一番近いのは、前述のように告白の時であるが、それが一種のピークというもので。好きだと意識し始めてからピークまでの間、目を瞑っても彼女の顔が瞼の裏に浮かんでくる。その時は顔が変わっているわけではないのに、どんどん綺麗に感じられるというのは、実際に見ていると思い込んでいるからであろう。
 見ているつもりで、表情の変化を顔の変かと混同してしまうことで、どんどん好きな顔というものが頭の中で形成される。それと同時に、最悪の際の顔も一緒に形成されているのだが、意識の中にはなかったのだ。
 告白してダメだった時に、それまで想像したこともないような鬼の形相が頭の中に、どうしていきなり浮かんでくるのかというと、それは、
「夢で以前に見たからだ」
 という思いと、
「表情の変化を顔の変化に重ね合わせた時、どんどん好きな顔が形成されるのと同時に、最悪の表情も一緒に想像されることで、その意識がよみがえってくるからだ」
 という思いとが交錯していた。
 どちらもあり得ることだ、どちらも真実なのかも知れないが、その時々でどちらが出てくるのかは分からない。しかし、結局は同じ感覚が生み出したものとして、その経緯は同じところから来ているのかも知れない。そう思うと、二つの道があっても、最後にはいつの間にか、平行線が重なってしまうような錯覚に陥っているのではないだろうか。
 氷室は、好きになった奥さんに告白することはタブーだと思っている。実際に彼女が教団を嫌っていて。教団に所属する人間を毛嫌いしているのも知っていた。
 しかし、好きになってしまったのはどうすることもできない事実であり、断られて傷つくのが怖いくせに、振られてしまわないと踏ん切りがつかないという思いもある。
「自分の思いを自分で断ち切れないなど、教団で何を学んだというのか?」
 氷室は、自分を責めさいなめた。
 氷室が奥さんに告白をしようと目論んだ時、その時に、教団に所属したまま告白しようか、それとも、教団を抜けてしまってから告白しようかを悩んだ。
 つまり、もし告白が成功したあかつきには、教団を去るつもりでいた。教団を抜けることは自由だというのは分かっていたので、逆に告白が成功しなければ、何食わぬ顔で今まで通りに過ごせばいいと思っていた。奥さんの方も、氷室から告白されたなどという屈辱とも思えることを、自分からまわりに公表することなどないという考えでからであった。
 そんな自分の浅はかな考えを情けないとは思いながらも、
「恋は盲目というではないか」
 と考え、
 盲目になることも含めて、恋をすることだと感じると、盲目になるために、また盲目を装うというおかしな感覚に見舞われたのだ。
 だが、告白の際に、自分が教団を去っているべきなのかどうなのか、結局考えがまとまらなかった。そんな状態で告白してもうまくいくはずはないというのは分かっていたくせに、それよりも、
「告白するタイミングは、今しかない」
 という思いの方が強くなっていて、結局、自分の欲望を抑えることができず、告白し、想像通りの玉砕に見舞われたのだ。
 その時の奥さんのあの顔。やはり鬼の形相だった。
「でも、想像していたのとかなり違う」
 とも思った。
 それはきっと自分が想像していた奥さんと、性根のところで違っていたということであろう。想像していたほどオニではなかったが。その代わり、相手を見る目の哀れさに、嘲笑っているかのような目が印象的だった。
「もっとも見たくなかった表情だ」
 と言えるのではないだろうか。
 ただ、この表情には。
「この表情、どこか懐かしさがある」
 と思ったのだが、いつどこで見たのかが、まったく思い出せなかった。
 まさかとは思ったが、未来に見ることになるであろうその顔を、今見てしまったのではないかと思わせた。過去にも似たような感覚があったからだった。
 それは一種の、
「予知夢」
 のようなものなのだろうが、普通であれば、夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れていくものだという。
 それなのに、その夢は決して忘れることはない。だからこそ予知夢というのであって、その夢とまったく一緒であったり、限りなく近い現実が起こることで、それが予知夢であるということを自覚しなければいけないことから、決して忘れることはないのだろう。
 だが、それを自覚してしまうと、
「予知夢を見た」
 という意識はあっても、どのような夢の内容で、現実に起こった事実がどういうことだったのかということをいつの間にか忘れてしまっている。
 きっと誰かに話をすることができないように、故意に記憶を消去してしまったように思える。
 この場合の記憶は完全消去であって。
「記憶の奥に封印される」
 というものではないようだ。
 予知夢を見たということだけを覚えているためにも必要なことで、自分が予知夢を見ることができるという自覚を持つことがその後の自分にどのような影響を与えるのか、いまいち分かっていなかった。
 最近では、
「この教団に入ることを予知夢として見たのかも知れない」
 と思うほど、この教団への入信は、氷室にとって大きな事件であったことに違いない。
 そう思うと、奥さんへの告白も、そして玉砕も最初から予知夢で見ていたのかも知れないと思った。
 そうやって考えてみると、見た予知夢というのは、最初から予想できたものであって、予知夢というのは、
「最初から予想していたことを夢に見たというだけのことで、実際に火の気のない不毛痴態から、火を起こす行動を取ったわけではない。起こっている火を見て、必然的な火であるにも関わらず、いかにも予知したとでもいうような都合のいい夢だったのだ」
 と考えた。

                教団内での殺人事件

 予知夢はやはり当たっていた。いや、普通に考えれば、夫のある人に対して、さほど仲がいいというわけでもない、しかも宗教団体に所属している自分と交際をしてくれるなど、ありえるわけもない。ただ、氷室は告白をすることで、自分の中の気持ちにけじめをつけようと考えたのだ。
 だが、それはいいわけでしかない。玉砕が何のけじめだというのか、相手を困惑させ、それを見て悦ぶくらいであれば、告白した意味もあるだろうが、悦ぶようなこともあるわけがなく。結局。奥さんに対して何もできないまま終わってしまった自分を自虐するだけだった。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次