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自殺を誘発する無為

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 もちろん、だからと言って、デスぺレートな行動に出るわけではない。奥さんと手に手を取り合って再出発をするために、教団を辞めるという気持ちもどうなってしまったのだろう。奥さんに対しては、
「お付き合いできるのであれば、私は教団を抜けます」
 とまで言ったのだが、冷静に考えてみれば、それも怖い話だった。
 奥さんは、教団のことを何も知らない。秘密にしているわけではないが、聞きたくない相手にわざわざ話すようなことはしない。一緒にいる時はなるべく教団の話をしなかった。相手が絶対に楽しいと思うわけはないというのと、まるで押し付けのようになってしまうということに違和感を感じたからだ。
 しかし、普通の人が宗教団体に対して抱いている感情は分からなくもない。実際に自分が以前入信する前に抱いていた感情なのだから。不思議なことに、教団にいる間。自分が宗教団体にどんなことを感じていたのかを思い出そうとすると、どうもおぼろげで思い出せなかった。記憶喪失にでも陥ったかのような感覚になり、教団で皆一緒に勉強をしている間はそんなことを想い出す必要もなかったので。、別に気にはしていなかったが。いざ巨団を抜けようかどうしようか悩み始めると、その時の不自然さがこみあげてきたのだった。
「やっぱり、マインドコントロ―ルのようなものなのだろうか?」
 と思った。
 違和感がないのは、そもそもが考える必要のないことだと思い込むことから始まるのだと今では思う。ただ、記憶がおぼろげな状態になるというのは、どこかおかしい。普通に教団に向き合っていれば、別に意識することもないはずなのに、まるで念押しでもあるかのように意識をおぼろげにさせる。却って不信感を抱くのではないだろうか?」
 とそこまで考えると、
「待てよ。それが狙いなのかも? それぞれの人間に念押しの感情を植え付けて、表に滲み出る反応を見て、相手はマインドコントロールが効いているのかを確認していたのかも知れない」
 自分が教団を抜けることで、教団は何も困ることはないだろう。
 他の教団だと、中の秘密をバラされるのを恐れて、秘密を守るために、信者は抱え込むようにするのだろうが、ここでは抜けるのもありなのだ。
 抜けてもいいというのは、それだけの問題ではないはずだ。教団内の士気に関わるという意味もあるのではないか。
 一人や二人であれば、抜けたとしても、別に教団側は覆い隠すことなくオープンにしているのだから、別に問題はないはずだ。
 しかしそれが数人から数十人と増えてくると、人数の減った班は先ゆかなくなる。合併なども出てくると、信者の間で混乱が起き、収拾がつかなくなったらどうするというのだろう?
 逆に、教団は何かを隠そうとして、わざとオープンにしているのかも知れない。
「一つのウソは、九十九の真実の中に隠せ」
 と言われるではないか。
「木を隠すなら、森の中」
 と同じような意味であるが。オープンにしていることを公表することで、いかにも何も隠していないということを、まわりに思い知らせているのだろうが、肝心なところは秘密にしている。
 それは別に宗教団体だからというわけでもなく、どんなにオープンな組織であっても、最後の砦は絶対に明かさない。死活問題になるであろうところで、まるで秘密基地の場所を書いた地図を、公開しているようなものである。
 疑えばいくらでも疑うことができる。今までどうして疑わなかったのかと思うほどなのだが、
「それだけ自分は、この団体に身も心も捧げていたのだ」
 と言えるほどだった。
 結局、中途半端になってしまった氷室は、どうすることもできず、しょうがないので教団に残った。気持ちは一度離れてしまったので、もう一度中に戻すのは、きっと至難の業であろう。
 そんなことは分かっている。奥さんへの思いを断ち切るだけでも難しいのに、一度離れてしまった自分がかつては、人生のすべてだとまで感じていた組織に対して。本当に気持ちを戻すことができるのか、実際に不安だった。
 そして。まわりからの目も恐ろしい。
 奥さんを好きになったことも、奥さんに告白したことも、ましてや、教団を抜けようと思っていたなど、誰も知らないと思っている。だが、この教団にいれば、人の心を覗くという訓練にもなっていたし、自分でも気づかぬうちに、人の心の中に入り込んでいることがあるくらいだ。
 しかも、相手は気付かない。それだけに、今度は逆のパターンになっているので怖いのだ。
「お前、教団を裏切って、一人だけ抜け駆けしようとしたな?」
 と言われてしまったら、どう言い訳してもかなわない。
 正直、その通りなので、どうしようもないのだ。
 ただ、もっと怖いのは、皆が何も言わないことだ。きっと、皆は何もなかったかのように接してくるだろう。それだけに、相手が何を考えているのか、分からない。
 今までのように相手の心に入り込むことはできないだろう。一度は抜けようとした教団で会得した力である。もう、背を背けてしまったことで、その効力が自分にあるとは思えない。そう思った瞬間から、もう先はないのだ。
「抜けても地獄、とどまっても地獄。本当に俺はここにいた方がいいのだろうか?」
 という思いがまたしてもこみあげてきて。教団を抜けるという意思が次第に高まってきたその時だった。
「もう教団からは抜けられなくなった」
 と思うような事件が発生した。
 まさか、教団内で事件が起ころうなど、誰が想像しただろうか。しかもそれが殺人事件である。
 被害者は、誰もいない道場で、胸を刺されて殺されていた。しかもその人は教団の人間ではないのだ。
 教団の門は開いているので、敷地内に入ってくることは無理ではないが、一体どこにいて、普段は信者が勉強したり、信教に耽る場所として開放されているので、誰もいない時間というと、それこそ深夜化早朝しかない。
 いつ忍び込んで、いつ殺されたのかは分からないが、最初に発見したのは、教団の中でも新参である少年たちだった。
 彼らは朝の掃除から仕事が始まる。他の人も起床は早いが、彼らはさらに早かった。
 午前四時にはすでに掃除を始めるというくらいなので、他の人のように、五時過ぎでいいというわけにもいかない。
「これも修行だ」
 ということで、彼らは率先してやっている。
 そもそもここに入信したのは、俗世間に耐えられずにやってきたのだ。俗世間での苦しみに比べれば、早朝早起きして掃除をするくらい、何でもないことであった。
 掃除といっても、拭き掃除が基本で、道場の畳の上を拭くだけであった。夏は涼しくていいが、冬はしばれてたまらないだろう。いくら修行と言っても、さすがに冬の寒さによって、しもやけになってしまうのは、辛かった。
 掃除をしている小僧たちは、いつも三人だった。普段から余計なことを喋らずに黙々と掃除をしていた。
「これくらいの年齢だったら、いろいろな話題があって、笑い声が聞こえるくらいであろうに」
 と思ったが、まだこの教団にも慣れていない彼らにとって、会話をするということ自体が苦痛であった。
 何をどう話していいのか分からないし、何よりも相手が喋ってくれたことに対して、どんな反応をしていいのか分からない。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次