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自殺を誘発する無為

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「自給自足でできた作物を、不作の時以外は、市に還元する」
 ということも、ずっと行われていた。
 驚いたことに、一度も還元がなかったことは今までになかったのだ。
 それを思えば、教団が何か作物を育てることに対して、秘訣を持っていることは一目瞭然だった。
 特に、世間ではここ数年不作続きで、野菜や果物の価格は高騰、野菜サラダを普通に食べることも困難になってきた。
 ただで供給されるもの以外でも、破格の安値で、K市の市場に売ったりしていた。
 ただでの供給は、K市に対してであって、庶民の利用する市場には破格の安値を使うということも市との協約だった。
 自給自足だからと言って、元手がまったくかかっていないわけではない。土地代を始めとして、肥料代、害虫駆除に掛かるお金。ビニールハウスなどの設備投資などを考えると少々お金がかかる気はするが、すべては最初の予算から出ていることで、実際に出荷し始めた頃は、自給自足の効果を十分に発揮して、金銭的にほとんど負担がかかっていないというのが、当たり喘の考えだった。
 教団の人間が、俗世間の庶民と会話をすることがあるとすれば、それはこの時くらいであろうか。庶民の方としても、最初は
「宗教団体の連中なんだから、気を付けないといけない」
 と思っていた。
 しかし、そのうちに、切符のいい性格の商売人からすれば、相手がどんな相手だって、親切にしてくれれば情も湧いてくるし、親近感も湧くというものだ。自然とため口になったりして、拘留を深めていた。
 そんな中、一人の信者が、俗世間の女性に恋をしたようだった。
 元々その信者は、俗世間にいる頃は、結婚していた。子供はいなかったのだが、奥さんが急にノイローゼのようになり、旦那に敵対し始めた。
 彼も最初は。
「俺が悪いんだろうか?」
 と、自分に対しての後ろめたさも感じるようになり、自分に対して疑心暗鬼が深まっていった。
 そのうちに、世間が信じられなくなり、気が付けば、奥さんと敵対している自分を感じたのだ。
――このままでは家族崩壊だ――
 と感じたが、もうすでにどうすることもできないということも自覚していた。
 そうなると、悩みだけが頭の中にあり、あとは惰性で生きているだけだったが、
「その惰性が、宗教団体を知ることで、自分の進むべき道を気付かせてくれた」
 ということで、教団の門を叩いて入信した。
 まわりの家族、自分の両親や、嫁さんの側の家族からは、
「裏切られた」
 と言われた。
 家族からは、
「育ててやった恩義も忘れて、お前は何をやっている」
 と言われ、嫁さんの家族からは、
「信用して結婚を許したのに、完全に裏切られた」
 と言って、罵声を浴びせられた。
 何と言っても、逃げ出したことに変わりはなかったのだが、教団は快く受け入れてくれた。
「どうしてうちの教団に?」
 と聞かれた彼は、
「もう、俗世間には疲れました。自分がこのようにカミングアウトしたとしても、どうせ僕の気持ちなど一言も語らずに裏切ったとした言わないんでしょうね。皆。自分たちの想定外のことが起こると、それは彼らには容認できないことであり、余計に自分のことしか考えないようになるんですよ。それが僕には耐えられない。俗世間を逸脱しようと思った一番の理由です」
 と言った。
 それを聞いた教団幹部は、
「分かりました。受け入れましょう」
 と言って受け入れてくれた。
 教団でしばらく暮らすうちに、あの時受け入れてくれた幹部の気持ちと、どうして簡単に受け入れることを決したのかということがおぼろげに分かってくるようになったきた。ただこれは言葉で簡単に表せられるものではなく、この男には、十分に必要な認識であり。教団の理念や存在意義に繋がっていくものなのだと考えるようになっていた。
「僕は社会人、一般常識、そんな言葉が俗世間では一番嫌いでした」
 と、彼は言っている。
 そんな彼が最近気になっている人がいた。基本的には自分がドキッとした相手ではないと好きになることはなかったのだが、その人は一目見て、明らかに自分の好みだったのだ。
 学生時代までは、自分の好みを自分で分かっていると思っていたが、それが勘違いであったということを、学校を卒業すると気付かされた。それは女性に対する好みにしてもそうなのだが、食べ物の好みも変わっていった。どちらかというと、
「ストライクゾーンが広がっただけで、変わったというわけではない」
 というものなのだが。自分では変わったと思うようになっていた。
 特に食事の方は好みが移っていくのが自覚でき、それまで脂っこいものが好きだったのに、アッサリしたものが好きになるという変わり方であった。
 脂っこいものも、嫌いではないが、どこか受け付けなくなってしまった。それは、一度嫌いだと思ったものを好きになるのが難しいという感覚に似ているのかも知れない。
 彼は名前を氷室と言った。
 氷室は自分のこういう性格を、
「定期的に好みが変わるようになった」
 と感じるようになった。
 まず最初に感じたのは、学生時代が終わってすぐのことだったが、次に感じたのは、三十歳を迎えた時であった。
 別にその時に何かがあったというわけではない。変わるだけの節目であったという感じではない。しいていえば、学校を卒業したタイミングであったり,、年齢が三十歳に到達したという、普通の人なら節目と感じるその時を、無意識に迎えているつもりなのに、実際には意識をしていたということなのだろう。
 現在、三十七歳になる氷室だったが、結婚したのは、三十二歳の時だった。
 付き合った期間は、一年未満だっただろうか。付き合い始めてから、結婚までがあっという間だったのだが、それも本当は自分が好きになったというよりも、嫁さんの方が一方的に好きになったようで、その勢いに押されて結婚したと言った方がいいかも知れない。
 それで結局離婚したのだから、相手に好きになられて、気が付けば押し切られたように結婚したなどと恥ずかしくて誰にも言えないと思っていた。
 しかし、この教団にはそれくらいことであれば、簡単に看破できると言い切る人物がいた。後から思えば、あれよあれよという間に結婚していた。確かに主導権は自分が握っての行動だったはずだが、無意識のプレッシャーからの行動だったようにも思える。だが、このプレッシャーは決して悪いものではない。そもそも、氷室は自分から行動する方ではなかったので、無言の圧でもなければ、自分から動くことはない。そんな圧により背中を押されたことで、自分から行動したかのように思えたのは、自分にとっての自信にもなった。
 三十歳になる前に好みが変わり、それですぐに知り合ったのが、元嫁だった。
 彼女は、自分が三十歳までであれば、決して付き合うことも、結婚相手にも選ばなかったであろう。ある意味珍しいタイプである。
 普通なら、結婚したいタイプなのか、付き合いたいタイプなのかが完全に別れていて、その分、どちらも考えない人というのが、少なかったと記憶している。
 結婚しようと思った最初の理由は。
「この人とだったら、共通点が多そうだ」
 という思いからだった。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次