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自殺を誘発する無為

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 あくまでも、その話は本人から聞いただけの話であり、肝心のまわりの人は、自殺騒ぎがあったということをほとんど覚えていなかったことであったくらいなので、その真相に信憑性があるのかどうか疑問だった。だが、氷室にとっては、限りなくウソのない話に聞こえたのだ。その人はどうして氷室にそんな話をしてくれたのか、
「君には俺と同じ匂いを感じたんだ」
 と言って、隠し持っていた毒薬を渡してくれた。
 その時、氷室は奥さんのことが好きでどうしようもなくなっていた。家族と別れてまで入った教団を裏切ることになると思いながら、ずっとジレンマに悩んでいた。
 そんな時、奥さんが、
「最近、犬の吠えることが大きくて、眠れないのよ。ノイローゼになってしまったわ」
 と言っていた。
 氷室が見ると、明らかに今までの奥さんとは違っていた。雰囲気も違えば、まるで別人のようである。
――こんな聡子さんは見たくない――
 と実際にそう思ったのだ。
 すでに二人は気持ちの間では結ばれていた。聡子の方とすれば、別に旦那が嫌いだったわけではないが、今回のノイローゼ騒ぎの中で、自分もノイローゼになっているくせに、何も行動を起こそうとしない旦那に対して、次第に愛想を尽かしていた。
 それにも関わらず、自分たちと関係のない氷室という男は、自分のことが好きだというだけのことで、危ない橋を一緒に渡ってくれようとしてくれている、そんな彼のことを自分が好きにならない道理はないとまで思うようになっていた。
 犬を殺すことに関しては、氷室の立てた計画に沿って行われた。奥さんの匂いを付けた氷室が侵入し、毒を盛った、奥さんの匂いは犬も知っていたのだ。
 しかも、その時の犬はすでに死の直前で力もなかった。その時奥さんは、犬が不治の病だったなどと、まったく知らなかったのだ。
 二人で犬を殺すことに成功し、これから不倫を続けていくつもりだった奥さんだったが、何かの拍子で、犬が不治の病であったことを知る。その時、奥さんの精神に何か違和感がこみあげてきた。ノイローゼが解消された喜びと、何か気持ちの悪いものを噛み潰したかのような感覚に、身体中が震えてくるのを感じたのだ。
 その時、我に返ったと言ってもいいのか、それとも、かつてのノイローゼが解消したはずなのによみがえってきたと言えばいいのか、
 そんな状態で、奥さんは。不倫を続けることを選んでしあったのだった。
 ノイローゼでなければ、ここまでの気持ちにはならなかったかも知れない。それを思うと、ノイローゼがどうして戻ってきたのか、そして、その原因はどこにあるのかを考えていくと、やはり行き着く先は、
「不倫関係」
 でしかなかったのだ。
 この関係を何とか解消しなければいけない。かといって、元の鞘、つまりは旦那の元に戻り、以前の生活をするということはもう無理だった。今のノイローゼ状態が変わらないどころか、増幅してくる可能性があり、しかも、自分で自分を制御できなくなるということが自覚できる気がしたからだった。
 その時考えたのが、自殺未遂であった。
 奇しくもこの考えは、以前氷室だけに明かしてくれた教団仲間のあの自殺未遂の発想に酷似していた。氷室が感じたのは、
「自然現象の中で、原因不明のジレンマに陥ってしまうようなことになると、このようなじさつぃ未遂願望という安直な発想になるのだろうか」
 というものだった。
 安直で陳腐だと、教団で自殺未遂をした経験のある男は言っていた。だが、結果は恐ろしいほどうまくいき、自分の存在感が戻ってきて、自殺未遂という陳腐な発想は、形としても記憶としても残らなかった。もちろん、かすかに覚えている人もあるだろうが、あくまでもただの薄い記憶のようなものでしかない。思い出すことが誰かにあったとしても、きっと次の瞬間には忘れているレベルのものであろう。
 そんなことを考えていると、奥さんが言い出した自殺未遂も分からなくもなかった。
 ただ、この発想は自分が自殺をするだけではなく、
「あなたも一緒によ」
 と言われた時はショックだった。
「こういうことは私一人でやっても効果がないの。あなたも一緒にやってこその効果なのよ」
 と奥さんは言った。
 氷室は驚愕した。
「あの聡子さんが、こんなことを言い出すなんて」
 と感じた。
 そう、
「「この」
 ではなく、
「あの」
 だったのだ。
 遠くを見る目を氷室は感じた。
――俺は一体何をしていたんだ――
 我に返ったと言ってもいい。
 主婦を好きになって、その女のまるで言いなりになってしまい、犬を殺すということに手を貸してしまった。それなのに、この女は自分だけ罪の呵責に苛まれ、勝手にノイローゼになった。それは解消させてやったはずのノイローゼだったのだ。
 相手がどういう人間かということを差し引いても、自分のやったことの虚しさと情けなさ、それは彼女が感じた、
「自分が手を下さなくても、結局は死ぬことになったんだ」
 という犬に対しての思いと同じだったのかも知れない。
 そんな彼女が、自分にも自殺未遂を強要した。女は自殺未遂が必須なのかも知れないが。氷室にはまったくそんな必要などないのである。それを思うと、氷室の中で、もう女への未練もなかったのだ。
 女に対して、
「よし、分かった。一緒に自殺未遂しよう」
 と語りかけておいて、結局はオンナだけを自殺に見せかけた。
 そう、本当は奥さんは自殺することになるだけだった。しかも、自殺をしたのは、ここではなく自宅であった。
 何と、彼女を殺したのは夫の梶原だった。彼が奥さんを殺しておいて、死体を教団の一室に放置するという計画を立てた。その共犯者として、氷室にやらせたのだ。
 氷室は不倫を知っていて、その現場を押さえていた。
 しかも、奥さんの自殺は、氷室の協力があったことも証拠迄握っていたのだ。こうなってしまうと、氷室は協力しないわけにはいかない。そもそも女一人とはいえ、もし他で殺されて運ばれてきたのであれば、一人でできるはずもない。
 自首してきた、氷室は旦那の計画も自分の自首の手土産として持ってきたのだった。
 これが真相であった。
 奥さんは元々は自殺のつもりで氷室に言われ、睡眠薬を服用した。一緒に睡眠薬を飲むと思っていた氷室は呑まずに、致死量の睡眠薬を飲んで眠り込んでいる彼女を密かに家に運んだのだ。それを旦那に見つかり、といっても、旦那は最初から分かっていたので、その状態をネタに脅迫し、奥さんを殺して、教団に運ぶことを氷室に指示した。
 穂室は完全にビビッてしまって、ナイフを突き刺す前に、すでに彼女は死ぬということを言えなかった。いや、後のことを考えて敢えて言わなかったのかも知れないが、それは何とも言えない。
 氷室がどうして自首を考えたのかというと、警察がやってきて、犬のことまで警察は分かっているというのを、梶原に聞かされたからだった。
 まさか梶原も氷室がこんなにあっさりと自首するなどと思ってもいなかっただろう。氷室は完全に観念して正直に警察の聴取に答えていた。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次