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自殺を誘発する無為

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「いくつものジレンマを感じるということは、それだけ、見えてくる真実というものが、本当に探す必要があったのかと思わせるものなのかも知れない」
 と、辰巳刑事は感じていた。

                 大団円

 事件が急転直下、犯人が教団の中の氷室であったということが判明したのは、
「犯人の自首」
 というあっけない幕切れからだった。
 教団の人間である氷室が、奥さんに恋をしていたことは、前述の通りだったが、いつの間にか奥さんのことをストーカーするにまで至っていた。
 教団にいながらのこの異常な行動は、彼が教団を抜けようという寸前のところまで感じたことから始まった。
「君が自首してきたのを、教団の幹部の誰かに話をしたのかね?」
 と清水刑事が聞くと、
「いいえ、誰かに相談したわけではありません。私は本当に卑怯な人間なんです」
 と言って、うな垂れていた。
「君は卑怯な人間なのか?」
 と辰巳刑事が聞くと、すっかり観念したように見えるその身体は、ワナワナと震えていた。
「肝は奥さんを殺したということで、自首してきたんだよね? ゆっくりとそのあたりの事情を教えてもらおう。それに今君が自分で言った『卑怯』という言葉の意味もよく我々には分からない。さらに、疑問に思っていることも結構あるので、そのあたりも含めて教えてもらおう」
 と清水刑事はいった。
 目の前にうな垂れて鎮座している氷室という男、まだ三十歳後半のようだが、見ていると十歳は実年齢よりも高く感じられる。元々、老けて見えるのか、それとも、今回の事件を悩むことで一気に老け込んでしまったのか分からない。教団に入信していながら、人を殺そうとまで感じたのは、よほどのことだろう。これだけうな垂れているのが、自己嫌悪によるものだとすれば、そこに、
「何か人間臭い思惑が隠れさているのではないだろうか?」
 と、辰巳刑事は感じた。
 犬殺しが本当だとすれば、その犬を殺した人間、おそらく被害者の梶原聡子ではないかと思うのだが、その時何の毒を使ったのかということも分からなかったが、少なくとも犬とはいえ、放っておいても死んでいた相手を殺してしまったのだ。そのことを聡子が知っていたのかどうか、それも疑問である。
 そもそも、その毒をどこから手に入れたのか、それもよく分かってはいなかった。少なくとも最近では、病院から劇薬が盗まれたという事実は報告されていない。だが、その毒の出所に対して、氷室という教団入信者が自首してきたことで、何となく頭の中で繋がったような気がした。
 教団において、あれはいつのことだったか、問題とまではならなかったが、やはり毒による自殺未遂事件があった。それはあくまでもフェイクのようなものであり、致死量にまではまったく至っていなかった。ただ苦しい思いをしたというだけなのに、なぜそんな思いまでして、自分を死に至らしめるまでしなければいけなかったのか、誰にも分からなかった。
 その時、たまたま事件の話を聞いたのが、氷室だったという。氷室にはその人の気持ちが分かっていた。
「そんなにまでしなくてもいいんじゃなかったのか?」
 と訊いてみると、
「そうなんだけど、どうしてしないわけにはいかなかったんだ。俺はこの教団で、存在価値がどんどん薄れていった。俗世間でも、俺はおだてられると、調子に乗る方なので、最初はそのおだてに乗ってしまい、まわりに載せられるかのようにいろいろなものを作っていったんだが、その成果をすべて、先輩が横取りしてしまったんだ。本当に最初は、それでもいいと思っていたんだけど、あまりにも度を過ぎたのか、我慢している俺の存在自体が、今度はまわりの人が認識してくれなくなったのさ、それも俺の意に反しだよ。手柄を取られるくらいなら、しょうがないと思ったけど、俺の存在自体が、危機に迫られているということになると話が変わってくる。先輩に話はしたが、もうどうすることもできなくなって、どんどんまわりから存在が薄くなってくる。先輩は意識していたのかどうかも分からないまま、先輩も途中から、俺の手柄をまるで、本当に自分の手柄だと思うようになったんだ。きっと、俺ってそんな存在なんだろうな。俗世間で、皆から忘れられた存在になりながら、俺は一人で悩んだ。そこで見つけたのがこの教団さ。この教団では、俺の存在は間違いなくあった。皆が俺のことを認めてくれる。嬉しかったさ。すぐに俗世間なんか捨てて、ここに来たのさ。しかも、ここでは俺の開発したり、発想したことが俺の手柄として認められる。ごく当たり前のことなのに、その思いが初めて成就したんだよ。どれほど有頂天になったことか。俺はこのままこの教団に骨を埋めるつもりになったさ。だけど、この教団というのは、俺にとって、最後の砦のようなものだったんだ。そのことを思い出すと急に怖くなってきて、そうなると、また俗世間での出来事がフラッシュバックしてきたんだ。そのフラッシュバックがよくなかったのか、またしても俺を孤立させた。前の二の前となってしまい、俺の開発や発明は生かされるんだけど、俺の存在自体がどんどん薄くなってくる。宗教団体では、誰かの陰謀はあるかも知れないが、自分が自然と忘れられるというおかしな状況は起こらないと思っていたのに、実際には逆になってしまった。その時に気が付いたんだ。俺が俗世間で一番嫌だったことは孤独だったんだってね。自分は孤独よりも報われないことが一番嫌なことだと思っていたのだったが、それは違ったのさ。しかも、これが自然現象のようなものだっただけに、俺は焦った。何しろ、ここが最後の砦なんだからな。もう他には行くところがないと思うと、思いつくことは、あれだけの開発や発想ができたくせに、自分のこととなると、実に陳腐なことでしかない。そうさ、俺は自殺未遂しかないと思ったんだ。まるで子供の発想のようだが、俺は真剣だったのさ。真剣だったので、その下準備にも真剣だった。毒薬を手に入れて自殺の準備をする。俺は自分も気づかなかったが、本当に自殺をしてしまうという錯覚に陥っていた。というよりも、そのまま死んでもいいとさえ思った。もし、この陳腐な計画が失敗すれば、それは死を意味するものだと思ったんだ。だから、生き残っても、そのまま死んでも、結果はどちらでもいいと思った。結果的には生き残ることになった。だけど、これが不思議なものでさ。自殺を試みたおかげなのか、俺の存在感はまた以前のように戻っていったんだ。しかももっといいことに、俺が自殺未遂をしたという記憶の方がまわりからどんどん消えていくのさ。警察は一応調べにきたが、本当にちょっと事情を聴かれただけで、その時は大した話はしていない。もっとも、本当のことを話したけどね。でもそれが却って普通の連中には嘘くさく聞こえたんだろうな。特に警察の事情聴取した人なんか、最初から呆れてものも言えないというような顔をしていたよ。俺はそいつの顔を神妙に見ていたが、心の中では嘲笑っていたというわけさ」
 と言っていた。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次