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自殺を誘発する無為

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「ええ、人間でいえば、まだ成人したばかりだったんじゃなかったんでしょうか? それを思うと可哀そうで仕方なかったし、短い命なだけに、ずっと一緒にいてやろうと思っていました。でも、本当に悲しそうに鳴くんです、それは本当に胸を締め付けられる思いですよ」
 と、老人は言った。
「そんなに可哀そうだったんですね。お察しします」
 と辰巳刑事がいうと、老人は、
「わしの犬のせいで眠れなかった人たちには気の毒なことをしたと思いますが、もう、他界してしまったので、お許しを願いたいと思っているところですね」
 と言った。
「私が来たのは、そのことがどうのではなかったんですよ。たぶん、そういうことではないかと八百屋のご主人さんは想像していたんですが、それが事実かどうかを確かめようと思いまして、要するに、いつ頃、犬の鳴き声に悩まされていたかということを確認することで、奥さんの方の西晋状態は少しでも分かればいいと思いましてね」
 と話した。
「そうなんですね。ご主人の証言とは合いますか?」
「ええ、話は時系列としても辻褄は合っています。だからご主人の話には信憑性はあると思いますよ」
 と老人は言った。
「犬はいつ亡くなったんですか?」
 と聞くと、老人は少し苦虫を噛み潰したような表情になり、
「一月ほど前です。ただ……」
「どうしました?」
「実は、殺されたんじゃないかって思ったんです。病院ではまだもう少しは生きると言われていたんですが、吐血して死んでいたんです。吐血するようなことは医者から言われなかったのもあって、しかも、死に顔が苦痛に歪んでいたんで、あれはやはり、病死ではないと思うんですよ」
 と老人は言った。
 この証言は、辰巳刑事には晴天の霹靂で、衝撃を与えるものだった。もしその通りだとすると、
「誰が、何の目的で?」
 ということになるのだろうが、
「目的は何であれ、殺されたとなると、話が変わってくるからな」
 と、老人は言った。
 辰巳刑事としては、
「殺されたということになれば、問題はその目的だ」
 と思っていた。
 これは飼い主の気持ちと警察関係の人間との考え方の決定的な違いであるが、問題は、犬が殺されたかも知れないということと、今回の八百屋の奥さんの殺害との間に何か関係があるかも知れないというのは、考えすぎであろうか。
 今までなら、
「そんなのはただの偶然だ」
 と考えたであろう辰巳刑事であったが、今回に関しては。ただの偶然では片づけられないと思うのだった。
「ところで、ご老人、お宅の犬が、不治の病であるということを、近所の人は知っていたんですか?」
 と訊かれて、
「最初は知らなかったはずだけど、途中から知っていたんじゃないかな?」
「それは、犬が死ぬ前からですか?」
「そうだと私は思っていましたが言われてみれば、今から思えば微妙です。ひょっとするとすれ違いくらいだったのかも知れないと思っています」
「じゃあ、殺害された八百屋の奥さんもご存じだったんでしょうかね?」
「分かりません。でも、微妙だったような気はしますね」
 と老人は言った。
 この「微妙」という期間が実に問題だった、
 辰巳刑事が思うに、この犬を殺害したのが、奥さんだとすればm何か今回の事件に関係があるとしてそちらの視点から捜査してみようと思えるであろう。しかし、違っていれば、見込み違いになるということで、かなり回り道の捜査になるということである。それを思うと、この曖昧さは重要な曖昧さであった。
「犬の死を不審に思って、調べてみようとは思わなかったんですか?」
 と辰巳刑事は訊いたが、
「どちらにしても死を免れられるわけではなかったので、死んだことに対して覚悟ができていたことで、下手に騒ぎ立てるよりも、静かに送ってやろうという気になっていたのは事実でした。今から思えば、ハッキリさせるべきではないかと思ったのですが、それもできずに、死んでしまったんですよね」
「犬はその後、どうされました?」
「本当は保健所に連絡をすべきだったんでしょうが、せっかく縁があってわしのところに来たのだから、わしだけの手で葬ってやろうと思い、庭に埋めております」
 と言った。
「それは、棺桶のような箱を用意してですか?」
「いいえ、穴を掘って、そのまま捨てました」
 というではないか。
 一月ほど前に死んだ犬の死骸を、掘った穴の中に捨てたのだということであれば、腐敗はひどいものであろう。棺桶に入れていなかったとなれば、余計にそうであろうから、いまさら保健所で引き取って、解剖などの手配をしたとしても、ハッキリとした死因を特定することは難しいであろう。
 そうなるとすべてが想像でしかないが、想像が許す限りにおいては、辰巳刑事の中では、今回の事件は、犬の死と関連があるという結論に限りなく近づいているような気がする。辰巳刑事は自分の思いが本当は違っていてほしいという思いもあるので、真実だと思っている内容とのジレンマに悩んでしまうことになった。
 そんな飼い主と犬の気持ちを知る由もない、
「身勝手な犯人」
 がいて、その犯人が、ノイローゼになることで、耐えられなくなる自分や家族の衝動を代表し、行動に移したのが、犬殺しなのではないだろうか、
「相手は、犬だから」
 という気持ちがあったとすれば、それは大きな間違い。
 犬だからこそ、人間の癒しになっているのだから、そんな犬に手を掛けるというのは、卑怯なことであるかのように思うのは、無理もないことだと、その時に辰巳刑事は感じた。
 ただ、これは猪突猛進的な考えに、さらに人情深い考えを持っている辰巳刑事が、老人と犬という立場から考えたから、そう思い込んでしまったのだろう。
 だが、本当に犬のためにノイローゼとなってしまい、いくら犬とはいえ、殺そうとまで思ったのだから、その人の気持ちも思い図らなければいけないだろう。そのことを忘れて、一方的に考えたとすれば、辰巳刑事は盲目であったのではないだろうか。
 今から思えば、あの時梶原氏はなぜ、犬のことを持ち出したのだろう? 黙っていれば、老人や犬と知り合うこともなく、辰巳刑事の中で、
「奥さんがノイローゼから、犬を殺害した」
 などという理屈は出てこないだろう。
 ただ、これが今回の奥さんの殺害されたことと関係があるかも知れないと旦那が思っているのだとすれば別問題だった。もし、そう思っているのだとすれば。旦那が今回の事件の犯人に繋がる理由と、その犯人が誰かということを知りたくて、敢えて奥さんの犯罪かも知れないと思いながらも、恥を忍んでヒントを与えたのかも知れない。何しろ旦那には捜査権も何もないのだから、、自分のやりきれない気持ちをジレンマに感じながら、辰巳刑事に託したのかも知れない。
 そう思うと、今度は、
「老人と犬も可哀そうだが、梶原夫妻も可哀そうな気がしてきたな」
 と、今まで恨んでいた相手の哀れみを感じてくるという、こちらもジレンマに陥ってしまっていた。
 そんな風に事件をいろいろな面で考えていると、これは今に始まったことではないのだが、
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次