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自殺を誘発する無為

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 確かにお金が絡めばいろいろな思惑が孕んでくるのだろうが、さすがにこのあたりで殺人事件というのは発生していない。だが、考えてみれば、当主の死がハッキリしている中で、遺言状を書きかえるなどと言った問題が生じれば。遺産相続対象者の中で、損得がハッキリしてくる中で、死が分かっている当主を秘密裏に殺すということもありえるだろう。
普通であれば、放っておいても死ぬ人なので、
「わざわざ危険を犯してまで殺人をしないだろう」
 という思いがあるからで、裏での細かいやり取りが見えない中で並行して進行することで、いつの間に蚊殺意を生んでいることもないとは限らない。その場合は、きっと完全犯罪を形成することができる状態なのだろう。
「三軒目というのは、ここだな?」
 と思って、門の前に佇んでいると、立派な門構えにふさわしくない一人の老人が、
「どなた様かな?」
 という声を掛けてきた。
「私は、K警察署の辰巳というものですが、すみません、少しお話を伺え明日でしょうか?」
 と辰巳刑事は言った。
「ええ、構いませんよ、それでは今から門を開けますので、門を開いたらお入りください」
 と言って、老人は奥に入って、門を開けた。
――あの人がこの屋敷の主人なのかな?
 もし、使用人であれば、
「ご主人様にお伺いを立てますので」
 というような言葉を発するに違いない。
 それがなく、自らで迎えるということはやはりあの老人がこの家の当主なのだろう。
 門はゆっくりとした、それでいて一定のスピードで開いていく。完全に門が開いたところで、辰巳刑事は敷地内に入った。
「お邪魔します」
 と言いながら、庭を見渡していた。正面には屋敷への入り口があって、その左側には大きな庭があるようだった。少し進むとその庭が見えてきたので、少したたずんで見ていると、盆栽を大きくしたような松の木があったり、その奥には池があり、池のほとりに見える灯篭、さらに池の上には粗末ではあるが、橋のようなものがかかっていた。
「どこかで見たことがあるような光景だな」
 と思わずつぶやくと、
「ほう、刑事さんにもお分かりかな?」
 と、老人は自分の家の庭を褒められているような気がして嬉しかった。
「どこかで見たような……。ああ、そうだ、兼六園の雰囲気じゃないのかな?」
 というと、老人はいかにも嬉しそうに、
「ご名答じゃ、わしの苦心の作とも言っていい、ミニチュアの兼六園じゃよ」
 と言った。
「ご主人は、設計士か何かですか?」
 と訊かれると、
「ええ、若い頃は土建屋で設計士をしておったんですがな」
 というではないか。
「これだけのお庭ともなると、整備も大変でしょう?」
 と聞くと、
「そうですな。植木だけでも毎月来てもらっているからな」
 と言われて再度松の木を見ると、なるほどしっかりと手が加えられていることが、素人の自分にもよく分かると、辰巳刑事は感じた。
「刑事さんは、この先の青果店の奥さんが殺された事件を捜査しておいでかな?」
 と、先に訊かれたので、少し戸惑った。
 だが、それだけこの老人もその事件のことが気になっているということであり、なぞそこまで気になるのかを考えてみた。
 今までの分かっていることから、この老人が事件に関わっているということはありえないだろう。辰巳刑事がここを訪れたのは、あくまでも被害者の旦那さんが言っていた一言があったからだ。あの時、旦那が犬の話などを思い出さなければ、この老人と生涯会うことはなかったかも知れない。
「ええ、あの事件を捜査しております」
 というと、
「はて? 私どもはあの家族とは何ンら面識があったわけではないんですよ。どうした意味で私どもに話を伺うと言って、馳せ参じたのかな?」
 と聞かれたので、
「事件に直接関係のあることではないんですよ。実は殺された奥さんの旦那さんが、言っていた話なんですが、数か月前から犬の遠吠えのような声に悩まされていたと言っていたんですよ。で、その声を一か月くらい前から聞こえなくなったということを聞いたので、それが夫婦の間で微妙な関係を形成していたということなので、その裏付けをしようと思って訊ねたんです」
 半分は本当のことであったが、半分はハッタリであった。
 それを聞いて老人は、
「はて?」
 と言いながら、自分にはよく分からないというような顔をしていた。
「いかにもうちには、ずっと犬を飼っておりましたが、最近死にましてな。今まだわしは寂しいと思っていたところだったのだが」
 と言った。
「ええ、そのことなんですが、お気を悪くされないほしいと思いますが、このあたりは、青果店や鮮魚店が多いので、皆さん朝が早い方々ばかりなんですよね。それで、深夜の犬の遠吠えが気になって寝られないというような話を聞いたものですから、どのような状態だったのかということをお伺いできればと思ってきてみました」
 と辰巳刑事は言った。
「そうなんですか。ご近所さんには悪いことをしましたな。でもわしもこの歳になって、家族は皆独立して、女房にも数年前に先立たれてらというもの、使用人が数人構ってくれる程度で、実に寂しい思いをしておりました。そんなところで、犬でも飼えばいいと言われて、飼ってみることにしたんですよ」
 ということだった。
「お気持ちがよく分かります」
「でもですね。寂しさから犬を飼ってみたはいいんですが、その犬というのが、ずっと元気だったんですが、どこかで急に病気になったようで、まだ若かったのですが、その病気が元で死んでしまったんですよ。本当はわしのほうが先に死ぬ予定だったので、わしが死んでからのことも手配はしていたんですが、まさかあの子の方が先に逝ってしまうとは思ってもいなかったので、家内を亡くした時のことを思い出して、さらに寂しさがこみあげてきました」
 という話を聞くと、さすがに辰巳刑事も、ホロッとした気分になった。
「私はペットを飼ったことはないのですが、飼っていたペットが死ぬと、当分は気の毒でそれから別の子を飼ってくる気にはならないんです。ですから、ペットを飼うようなことはないと思っているんですよ」
「それはきっと子供が嫌いな人に自分の子供が生まれると急に子煩悩になったという話と同じなんじゃないかな?」
 と老人は言った。
「ところで、犬が吠えたというのは、どうしてそんなに吠えたんでしょうか?」
「これは想像でしかないけども、犬には犬で死ぬのが分かっていたんじゃないかな? あまり吠えるので、わしは病院に連れていってみたのですが、最初は犬が吠えるのが別に原因があると思っていたんですが、まさか不治の病だったとは思ってもいなかったんです。最初に医者からそれを聞いた時はショックでしたよ。その思いが犬にも伝わったのか、わしを見る目が潤んでいて、何かを求めるような目になったんですよ。それを見ると、可愛くて仕方がなくなって、抱きしめたくらいです。でも、その頃から悲しく吠えるようになったんですよね。本当に遠吠えという言葉がピッタリで、その声を聞いた時、かわいそうで、やめなさいとは言えなんだんです。きっと夜に吠えるというのは、今まで感じたことのない怖さを感じたんでしょうね」
「まだ、若かったんでしょう?」
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次