小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

自殺を誘発する無為

INDEX|23ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 犬の話は、少し頭の片隅においておけばいいかという程度に思っていた二人だったが。実際にはこの時梶原が思い出したこの話が、今後の捜査において大きな問題を孕んでいるということを、この時二人はまだ知る由もなかったのだ。

                  双方のジレンマ

 二人は、梶原青果店を後にしたが、とりあえず清水刑事はいったん署に戻って、辰巳刑事が近所でこの夫婦のことの聞き込みを行うことにした。
 まずは、正面の家も魚屋を営んでいたので、同じ商売者同士、話もあったかも知れないと思い訪ねてきた。
「すみません、警察のものですが」
 と言って声を掛けると、
「はい」
 という少しハスキーな女性の声が聞こえた。
 どうやらおかみさんのようである。
「警察のものですが、少しお話をお伺えできますか?」
 と聞くと、
「いいですよ。って、これはお向かいの奥さんが殺されたというお話の件ですよね?」
 と聞かれたので、
「ええ」
 と苦笑しながら辰巳刑事は答えたが、相手が最初から前傾姿勢で聴いてくれるのはありがたい面もあったが、どこか調子の狂うところも辰巳刑事にはあった。
「お向かいの奥さん。旦那さんがどういったか知りませんが、例の宗教団体の連中からは結構人気があったようですよ。気さくな奥さんだし、それに比べて旦那sなは気難しそうなところがあるので、その分、奥さんの気さくさが目立ったでしょうね」
 と、人間分析を語り始めた。
 辰巳刑事は言葉を発せず無根で頷くと、おかみさんは続けた。
「そんな時、奥さんと教団の一人の男性とが仲がいいというようなウワサが立ちましてね。なるべく、梶原さん夫婦にはそのウワサが流れないように注意はしていたんですが、何と言っても主婦同士のウワサなので、なかなか戸を立てられるものではありません。奥さんの耳には入っていたようですね」
 という話を聞いて。
「旦那さんは知っていたんしょうかね?」
 という辰巳刑事の問いに、
「それは分かりませんが、知っていたという可能性よりも、知らなかったという可能性の方が、かなり低い気はします」
 と、曖昧だが、ある意味分かりやすい回答をした。
――この奥さん、さすがは商売人、弁が立つというのは、こういうことをいうのだろう――
 と思った。
 辰巳刑事もおかみさんの見解は、ほとんど的を得ていると思った。その言葉に信憑性はあり特に話好きの奥さんで、知っている話題は人に話さなければ気が済まないと感じている人は、ウソをいうようには思えなかったからだ。
 ウソを言ってしまうと、せっかくの話も無駄になってしまう。話を盛るにしても、そのほとんどは真実でなければ、いくら盛った話をしても、話をしている本人が、まったく楽しくないというのは、本末転倒な話であろう。
――ここにいない清水刑事がこの奥さんの話を聞いたとしても、自分と同じことを考えたに違いない――
 と思うのだった。
「ありがとうございます。そのあたりはこちらでも調査してみましょう」
 と辰巳刑事は言った。
 その後、奥さんがいくつか情報をくれたが、そのほとんどは旦那の梶原の話を裏付けるくらいのものであった。それ以上の話は、今の段階では無用だと思ったが、一つ思い出したように、
「ああ、そうだ。少し前から犬が遠吠えのようなことをしているという話を聞いたことがあるんですが」
 というと、
「ええ、ありましたね。梶原さんのところもうちも朝が早いので、結構悩まされましたよ。でも、一月くらい前から急に声が聞こえなくなったんです。死んだんじゃあないのかな?」
 と奥さんは言った。
「そんなに年の犬だったんですかね?」
「年齢までは分かりませんでしたが、犬などの動物って、死の時期が分かるっていうじゃないですか。自分の死期を犬が悟って、それで寂しい気持ちになって、飼い主を呼ぶんだという話を聞いたことがあります、きっとあの犬も自分が死ぬといういことを知っていて。寂しがっていたのかも知れませんね」
 という話を聞いて。
「そうかも知れませんね。私は犬は飼っていませんが、犬好きの人から、似たような話を聞いたことがありました。やっぱりそういうことだったんですね」
 と辰巳刑事は言った。
 その奥さんからは、もうこれ以上の話は聞けないと思った辰巳は、最後に、
「さっきの犬の話ですが、どこで飼われていた犬かご存じですか?」
 と聞くと、
「ああ、三軒先のお宅で飼っていた犬ですよ。以前は決まった時間に散歩させていたので、よく飼い主の方が連れている犬をよく見ました。でも、さっきも言ったように、吠える声が聞こえなくなってから、散歩をさせている姿を見なくなりました」
「なるほど、よく分かりました」
「あそこの飼い主は結構話好きで気さくな人だったんですが、犬を吊れていない時に出会うと結構期限が悪かったように思います。」
「それは犬がまだ吠えている時からですか?」
「ええ、そういう傾向はありました。ペット依存症の人は結構いると聞きますからね。きっとそうだったじゃないかって思います。でも、遠吠えが聞こえなくなってからは、もっと不機嫌になりました。ひどくなったというか、違う種類の不機嫌さではないかと思うような感じですね」
「まったく人が変わってしまったような感じなんですぁ?」
「そこまではないと思います。でも、同じ人間が性格の違いを見せる時の、一番極端な例ではないかと思うくらいのものですよ。あんな人は珍しいカモ知れませんね。やはりペット依存症のなせる業なんでしょうかね」
 とおかみさんは言った。
 そのおかみさんの言葉を胸に、おかみさんにはお礼を言って、魚屋を後にした。
 おかみさんから教えてもらった、三軒先の家に行ってみることにした。このあたりは商売をしているか、あるいは、昔からの屋敷が残っているという感じで、三軒先と言っても結構歩く感じだった。塀にはまるで家紋をあしらったかのような瓦屋根の先についている鬼瓦のような円形の模型にが、埋め込まれていた。それを見るだけで、このあたりが旧家の屋敷跡に思えてきた。
 戦後の探偵小説などに出てくる日本家屋の屋敷と言った雰囲気で、それを見ていると、昔読んだ探偵小説を思い出していた。
 旧家というと、まず思いつくのが、遺産相続関係のドロドロとした人間関係。当主が死の床に就いていて、明日をも知れぬ命である状態で、親族縁者が集まってきて、
「しっかりしてください、お父様、ご遺言を」
 などという、いかにも遺産だけのために集まってきたかというような探偵小説のお話、少しは盛っている部分もあるだろうが、決して根拠のないものではないだろう。
 もっとも、皆、心で思ってはいるが、口に出さないだけというのは、一般俗世間の状態なのかも知れない。
「どうせ助かるわけでもないんだから」
 という思いが一番であり、その思いとともに下手をすれば、死ぬなら早くとまで思っている人もいるかも知れない。
 バチ当たりと言えばバチ当たりだが、それだけで片づけられないから、殺人事件に発展したり、探偵小説のネタになるのだろう。
「人間は金が絡めば、鬼にもなれば蛇にもなる」
 ということなのであろうか。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次