小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

自殺を誘発する無為

INDEX|22ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

「ご主人としては、そういう気持ちになられるのは無理もないことだと思いますが、ここはひとつ、奥さんをともらう気持ちで、冷静になっていただけると、ありがたいと思っています」
 と、清水刑事が一言言った。
 すると、その言葉が効いたのか、梶原は興奮しかかっていた様子から、スーッと魂が抜けていくような脱力感に包まれているように見えた。
「ええ、大丈夫です。私はとにかく事件の真相を知りたいと思っているんですよ。いきなり訳も分からず妻が殺害された。その状況に耐えられないのは刑事さんにも分かっていただけると思います。少しでも留飲を下げるには、真実を明らかにしていただくしかないと思っています」
「ええ、分かりました。最善の努力をいたします」
 と、清水刑事は約束した。
「奥さんは何かに悩んでいたんでしょうかね? 先ほどの電話の話も、奥さんが怒っていたように見えたというのも、誰かに弱みを握られているなどという感じだったんじゃないでしょうか?」
「今から思えばそうだったのかも知れません。でも、妻が誰と話をしていたのか分かりませんし、あ、そうだ、妻の電話の通話履歴か何かを調べれば分からないですかね?」
 と言われて、
「そちらからの線は当たってみようかと思いますが、何しろ数か月前のことで、奥さんが結構通話の多い人であれば、数か月前の電話を特定することは難しいかも知れませんよ」
 と辰巳刑事がいうと、
「でもですね、朝市場での買い付けがある八百屋の主婦が、普通なら就寝しているはずの夜中に、こそこそと電話をするんだから、真夜中の通話履歴はそんなにないと思うんですよ。そこからなら探れないですかね?」
 と言われ、
「なるほど、それならある程度絞り込めるかも知れませんね。さっそく調べてみることにしましょう」
 と、辰巳刑事が答えた。
「でも、私は、あの宗教団体と妻が関係があったとは、どうしても思えないんです。確かに野菜の納入などで面識がないわけではないですが、日常の営業トークか、世間話だけでしかないわけですからね。何よりもいつも私がそばにいたので、勧誘などというのは、考えられない気がします」
「では、奥さんが自分から行かれたというのはどうですか? 例えば、誰かに何か弱みを握られていたりして悩んでいる状態で、宗教団体のことを思い出した。旦那さんには決していうことのできないもので、それを団体に頼ろうとしたいうことですが」
 と言われて、
「それなら、なおさら考えられないような気がします。何か悩んでいるとすれば私には分かると思うんです、女房はどちらかというと、表情が豊かで、分かりやすい方でしたからね」
 と梶原は言った。
 梶原は、ある程度自分の奥さんに対して自信を持っているようだった。この自信がどこから来るものなのか分からない状態なので、清水刑事は少し警戒していた。
 もし、梶原の支配欲から来ているものであり、その思いが嵩じて、主従関係に至っていたのかも知れないと思ったからだ。
 だが、奥さんの方で、主従関係に悩みがあるとすれば、宗教団体における主従関係を受け入れることができたのかということである。そう思えば、聡子が入信していたのではないかという考えも怪しいものであろう。
 辰巳刑事も似たようなことを考えていたが、彼は最初から聡子が教団と関係があったということに疑いを持っていた。
 そもそも、教団の人間が殺人を犯したとして、死体をそのまま教団内部に放置しているというのも考えにくい。もっとも、幹部ではなく、一信者が行ったのだとすれば、殺人を計画するとすれば、別の場所で行えばいいだけだ。となると、犯人が教団の人間だとすれば、
「殺害したのが衝動的な殺人だ」
 ということになるだろう。
 しかし、この場合は、ほぼ可能性としては低い。なぜなら、まず一つには、致命傷を負う前に睡眠薬を服用していたということだ。睡眠薬を服用していたということは、黙らせておいて、密かに殺そうと思ったのだろうが、それなら、やはり死体を放置しておくのはおかしい。放置しておいてもいいと最初から考えているとすれば、
「死体が発見されることは構わないが、あまり早く発見されては困る」
 という意味での時間稼ぎのような発想であろう、
 そう思うと、殺害された時間帯に犯人は近くにいなかったことを証明できるというアリバイ工作か、それとも、自坊推定時刻を少しでも曖昧にするための時間稼ぎかということになるが、死後六時間や八時間では、死亡推定時刻のごまかしには到底及ばないだろう。そう考えると、時間稼ぎの目的はあったかも知れないが、、結構薄いものだったかも知れないということである。
 こうやって話を聞いていると、清水刑事は次第に梶原の話がいかにも奥さんに気を遣っているかのような話し方であることに対し、違和感を抱くようになった。
――何か違うんだよな――
 生きている奥さんに対してであれば、気を遣うというのは分からなくもないが、死んでしまった後で、気を遣っているというのは、どこか違う気がした。それを思うと、夫婦仲が表に出ているほど、親しかったのではないような気もしてきた。
 梶原が思い出したように奥さんの電話の話をしたかのように聞こえたが、話が進むにつれて、
――あの話は、最初から用意していたものだったのかも知れない――
 と感じた。
 話にウソはないとは思ったが。果たして彼の言葉をすべて信用していいものだろうか。ひょっとすると、どこかにトラップが含まれているのではないかと思うのだった。
 辰巳刑事は、どちらかというと、彼の話を信じているようだった。すべてを鵜呑みにはしていないようだが、概ね間違ったところはないと思っているのではないだろうか。辰巳刑事が特にそう思っていると感じたので、清水刑事は余計に慎重に考えるようになった。
「これは今回のことには関係のないことなのかも知れませんが、近くの民家で犬を飼っているんです。その犬は、よく吠える犬で、夜中などよく遠吠えのようなものが聞こえていました。朝の早い仕事なので、一時期私もノイローゼのようになったんですが、妻も同じように眠れないようでした。それで少し二人の間で気まずい雰囲気になりかかったんですが、それから少しして、犬の吠える声がピタリとやんだんです」
 と言い出した。
「それは、いつ頃のことですか?」
「一か月くらい前のことだったでしょうか? これでゆっくり眠れるということで、それからは妻とは気まずくならなくなったんですが、私も結構忘れっぽい性格なので、遠吠えがなくなってすぐに、そんなことがあって、女房と気まずい雰囲気になったなどということすら忘れてしまっていたんです」
「その時の奥さんの様子は?」
「何とも寂しそうな雰囲気でした。せっかく吠える声も聞こえなくなってよかったと思っているのに、何か妻の様子が煮え切らないように見えたのは、今から思えばそれもおかしかったような気がしますね」
「なるほど、そういうことがあったんですね」
 と辰巳刑事がいうと、
「今の話が事件に関係あるかどうかは分かりませんが、奥さんとすれば、直近の話ですよね。こちらの方で捜査してみましょう」
 と、清水刑事がフォローした。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次