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自殺を誘発する無為

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 妻を殺された夫としては至極当然の対応のように思えた。だが、清水刑事はまだ何かを不審に感じていた。その不信感がどこから来るものなのか、すぐには分からかったが、質問をしている辰巳刑事の方は直接の会話からなので、その様子に違和感がないという思いがあることからか、必要以上の問題を感じているようには思えなかった。
「事件のあった晩のことなんですが、その日は、お二人とも何時頃に眠りに就きましたか?」
 と訊かれて、
「八百屋という商売は、買い付けで青果市場に行くこともあるので、結構朝が早いんです。昨日も朝四時起きの予定でしたから、もう九時前には寝床に就きました。それは女房も同じだったようで、私が最初に寝床につぃたのですが、妻はまだ夕飯の後片付けをしているようでした。いつものことなので気にすることもなく眠りに就いたのですが、目が覚めると妻がいないのに気付いて、どうしたのかと思って、気になりながら、市場に買い付けにいきました。きっとフラッと帰ってくると思ったからです」
「でも、実際に帰ってこなかった」
 言葉の途中で、遮るように辰巳刑事が言ったので、梶原は少し不満を感じているようだったが、なるべくそれを顔に出さないようにしながら
「ええ、そういうことでした」
「朝起きて奥さんがいないということは今までもあったんですか?」
「いいえ、それはありませんでした」
「じゃあ、夜中にどこかに出かけているというようなことは?」
 と訊かれて、ここでも言葉に詰まったようで、すぐに返答はできなかったが、今度はまるで覚悟が決まったかのように、
「いいえ」
 と答えたのだ。
 どうやら、この男は、思っていたよりも気持ちが顔に出るようだと、刑事は二人ともそう感じたようだった。
「ただ……」
 と、梶原は今の言葉が無意識だったのか、そう呟いた後で、
「ただ? どういうことでしょうか?」
 と訊かれて、梶原はたじろいだ。
「たまに、隣にいると思っている妻がいないことがあったんです。トイレかなと思って気にもしていなかったんですが、ある日、私自身も尿意を催したので、妻と入れ替わりにトイレに入ろうと思って行ってみると、そこに妻の姿がない。すると、真っ暗な店の方に入って、誰かと電話で話しているようでした。近くにいるのに声がハッキリしなかったので、さぞかし小さな声だったのだろうと思いました。妻は声質からなのか、小声になればなるほど、誰よりも聞き取りにくくなるんです。ハスキーな声と言えばいいんでしょうか」
 と、梶原が答えた。
「どんな様子だったか分かりますか?」
「会話が聞こえなかったので、よくは分かりませんが、どうも、もめているように聞こえました。時々、相手に対して訴えているような感じも見受けられたので、何かお願いをされていて、それに対して。そんな無茶なとでも言っていたのではないかと思っています」
「奥さんは誰かに脅されていたということでしょうか?」
 と清水刑事が聞くと、
「いいえ、よく分からないんです。そういえば、その電話がかかってきてから少しの間、何かを隠しているような感じがしたんです。ただ、数日で前の女房に戻りましたので、私とすれば、電話の一件から、妻に対して過剰な疑心暗鬼に陥っていたことで、猜疑心が頭をもたげたのではないかと思いました。実際には、友達から何か相談でも受けていて、その友達の悩みが解消しただけなのかも知れないですが、妻の様子が元に戻ったことで私の方も敢えて、それ以上言及することはありませんでした」
 と梶原は答えた。
「それはいつ頃のことだったんですか?」
 と辰巳刑事の質問に、
「数か月前くらいではなかったでしょうか? 私もそんなことがあったということすら、忘れかけていたくらいですからね。でも、今回のことがあって、しかも刑事さんからの質問を考えていると、その時の記憶と感情が思い出されてきたんです」
「ちなみに奥さんは、友人の多い方でしたか?」
「多いんじゃないかって思いますね。普段は気さくに店でも応対していますし、近所の奥さん連中とも仲良くしていたように見えました。だから、あの時の電話も、そんな奥さん仲間の一人の悩みを聞いてあげていたんじゃないかって思ったんです」
「でも、何も旦那さんに隠れるように電話しなくてもですね」
 と辰巳刑事がいうと、
「私と相手の奥さんに気を遣ったのかも知れませんね。私が朝市場に行くのは分かっていますから、起こすようなことはしたくなかったんでしょう。それに相手の奥さんの悩みの内容がたとえ、相談相手の旦那であっても、知られたくないものだとすれば、なおさらのことでしょう」
 と、旦那が妻を庇っているというような言い方をした。
 そもそも、この夫婦の関係というのは、そういう関係だったのかも知れない。妻は旦那に献身的に尽くし、旦那も妻に気を遣いながら、お互いを思いやって暮らしている。そんな夫婦は結構長続きするのではないかと辰巳刑事は考えていた。
 だが、今回の話を旦那が今思い出したのかどうかは別にして、口にしたということは、旦那としても、何か気になることだったのは否めないだろう。
 殺害されるという最悪の状況を迎えたことで、旦那としても、いまさら何を言われても不思議はないという思いと、死んでしまった相手のあらを探したとして、それが何になるのかという思いとが交錯しているのではないだろうか。
「旦那さんとしてはぼっちゃけどうなんです? その時の電話と今回の事件に何か関係があるとお考えですか?」
 と訊かれて、
「それは分かりません。でも、今回こんなことになってしまうなど、想像もしていなかったことですので、妻の今までの行動で、少しでも不審な点があったとすれば、疑いの対象になったとしても、それは仕方のないことだと思います。実際に電話の件は、今思い出すと怪しさに満ちているとしか思えませんし、その時のことを想い出すと、私は手が震えてくるんですよ」
 と言った。
「手が震える?」
「ええ、どうしてあの時に踏み込んで聞いておかなかったのかとですね。こんなことになるんだったらという思いからなんですけどね」
 それに対して今度は清水刑事が、
「それは仕方のないことだったんじゃないでしょうか? その時は大したことではないと思ったわけなら、仕方ないという他ないですよね?」
 というと、梶原は少し考え込んで、
「ええ、ただ今から思えば、本当に大したことないと思ったのかどうかですね。確かに大したことはないと思いました。だけど、それは自分でそう思い込もうとしただけだったのではないかと思うと、不思議な気分になるんです」
 と、次第に梶原は自虐的な態度に変わっていきそうだった。
 清水刑事は少しまずいと思った。
 あくまでも、
「殺害された女の夫」
 という立場での事情聴取である。
 冷静でいてくれなければ、まともな聴取などできるはずがないと思っているからだ。激情してしまうと、勝手な判断が頭を巡り、聞きださなければいけない内容を、故意に隠そうとされてしまうと、事情聴取も水の泡になってしまう。それだけは避けなければいけなかった。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次