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自殺を誘発する無為

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 辰巳刑事はいろいろと思いを巡らせながら、今回の事件を考えていた。とりあえず、明日は、彼女の家の八百屋の方に赴いてみようと思うのだった。

                  夫婦仲

 被害者の家の八百屋は、シャッターが閉まっていて、
「臨時休業」
 の札がかかっていた。
 それもあのような殺人事件の被害者として奥さんが見つかったのだから、さぞや家族の人間も憔悴していることだろう。それを思うと、数日の休業もやむなしであり、気が引ける思いもあったが、捜査上、どうしても執拗な事情鞘腫なので、行わないわけにはいかない。清水刑事と辰巳刑事は意を決して、八百屋の奥の勝手口の呼び鈴を鳴らした。
 まるで昭和を思わせる八百屋の勝手口は、昔の商店街を思わせる佇まいで、呼び鈴も少し甲高い音が、さらに懐かしさの余韻を残しているようだった。
「ごめんください」
 というと、中から、
「はい、どなたでしょう?」
 という、中年の男性の声が聞こえてきた。
「K警察署の辰巳というものですが、恐れ入りますが、少々お話を伺わせていただければと思いまして……」
 というと、中から無言で扉を開ける男性がいた。
 その男性は見るとそれほど身長があるわけではなく、今の時代では決して大きくないタイプだった。声の感じから中年男性を思わせたが、まだ三十代前半くらいの男性であり、家族が殺害されたことが、ショックなのが想像できた。
 亡くなった奥さんは三十歳になったくらいの人だっただけに、たぶん、今出てきた男性が夫にあたる梶原正人氏ではないだろうかと思った。
「このたびは何と言っていいか、お悔やみを申し上げます」
 と、挨拶をすると、
「早速ですが、奥さんが殺害された経緯を捜査しておりますので、少しそのあたりのご存じのことがあれば、お伺いできればと思いまして」
 と、最初の言葉を繰り返すように言ったのは、辰巳刑事だった。
 最初に声を掛けた時に話したのは、実は清水刑事だったのだが、旦那には声の違いに気付いていただろうか。
「どうぞ、お聞きください」
 という覇気のない言葉が返ってきた。
「ちなみに、殺害されたのは、奥さんの梶原聡子さんで、あなたが、旦那さんの梶原正人さんという認識でよろしいのでしょうか?」
「ええ、そうです」
「では、梶原さんは、封建深層研究会という宗教団体をご存じでしょうか?」
「ええ、知っています。時々彼らが自給自足でこしらえたという野菜を分けてもらったり、低価格で譲ってもらったりしていました。そういう意味ではお互いに好印象を持った関係だったと思っています」
「宗教団体だということはご存じでしたか?」
「ええ、もちろんです。最初、この街で宗教団体の建物の建設予定があるという話が上がった時、商店街の連中とともに、最初は反対していました。でも、宗教活動において、決して無理なことはしないということと、街の人との共存共栄を目指して、オープンな関係を築くという条件の下、建物の建設が始まったんです。私たちも最初は警戒していましたが、彼らの言っている通り、ちゃんとオープンな状態で、共存共栄を目指しているということが分かったので、次第に彼らを受け入れるようになりました。我々のような商売人は、最初こそ頑なですが、気心が知れると、これで結構相手を信じる切符の良さがあるので、共存共栄という意味でも、いい関係だったと思っています」
「なるほど、そうだったんですね。ところで、奥さんはその教団の信者だったんですか?」
 と訊かれて、臆することもなく、
「いいえ、そんなことはありませんでした」
 という堂々と冴え見えるその態度に、その言葉にはウソがないように思えた。
「教団にはご主人も、奥さんも赴かれたことはありますか?」
 と聞くと、
「いいえ、建物の近くに近寄ったということもありません。妻も同じだったと思います。あくまでも妻に関しては想像でしかないのですが」
 と言われた。
「奥さんが、教団の建物の中にある、道場と呼ばれている部屋の奥にある個室のようなところで殺されていたんですが、何か心当たりはありますあ?」
 と聞かれ、さすがにビクッとしたようだ。
「いいえ、私には分かりません」
 というそっけない態度で、答えていた。
 しかも、それが即答だったのも、少し二人の刑事には意外な気がした。
 梶原の様子が反射的に見えたことで、旦那さんはあまり詳しいことは知らないのではないかと思えた。我々が来た時、それよりも警察が事情聴取に来ることくらいは想像がついたはずで、奥さんについて聞かれたくないことも聞かれることは分かっていたことだろう。当然この質問も想定内だったはずなので、覚悟はあったはずなので、それに対して本能的な反応は、ただの条件反射の類となるので、ウソはないのではないかと、辰巳刑事は考えていた。
 だが、今回はどちらかというと、清水刑事の方が怪しんでいるようだった。
 清水刑事は辰巳刑事よりも刑事としてのキャリアは当然持ち合わせている。それだけに経験も豊富で、いろいろな人を見てきた。その分、辰巳刑事のように、簡単に人を信じる気にはなれないところがあった。
 確かに清水刑事の中では、彼が何かを隠しているなどという確証があるわけではないので、信じたいという気持ちもあっただろう。だが、冷静に考えることを信条としている清水刑事は、隣でこの言葉を信じようとしているように見える辰巳刑事を見ていると、
――私までが全面的に信用してしまうというのは危険な気がする――
 と感じたのだ。
 清水刑事は、辰巳刑事が梶原を正面から見ているのとは別に、辰巳刑事の背中越しに見ているという、状況に沿ったような感覚をそのまま持っていた。その分、見方も若干違っていて、冷静に見ることができるのだろうと思った。
 ただ、辰巳刑事越しに相手を見ているということには、もう一つの意味があり、聴取を受けている梶原に、清水刑事は自分が罪刑事よりも数倍、冷静に見ているということを感じさせないようにしていたかことだ。
「ところで、奥さんが誰かに殺されるというような恨みを買っていたなどということはありませんか?」
 と訊かれて、今度は先ほどほど、ビクッとした態度ではなかった。
 会話に慣れてきたのか、先ほどの質問よりもさらに漠然としていることで、あまり質問の主旨を理解していないのかではないだろうか。
 そういう意味では、今度の回答は少し時間が掛かった。
 慎重に回答しようという思いからなのか、それとも、思いだたるふしを思い起こしていたのか、思ったよりも回答が遅いことを、辰巳刑事は気になっていた。
「少し考えてみましたが、私にはやはり分かりません。夫婦と言えども、妻が殺されて、初めて一番私が理解していると思っていた妻のことを、何も知らなんだって思い知らされた気がして、情けない思いを感じています」
 と言って、嗚咽のような態度を示した。
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次