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自殺を誘発する無為

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「それはありますね。自分たち団体が、その人を洗脳したとかいう言い分でですね。でも、私たちはただ、当事者の傷をいやしているだけで、別に誘拐してきたわけでも何でもありません。ここに来られるのも、抜けられるのも自由です。つまり、返せと言ってこられても、本人が拒否するんだから、いくら肉親と言っても、首に縄をつけて引っ張って帰れませんよね。しかも、本人の意志でここにいるわけだから、警察は不介入でしょう? だから我々は、ただ黙って見ているだけなんです。言いたいことがあっても、言う立場にはありませんからね」
 と言った。
 辰巳刑事も、
――それは何となく分かる気がするな。理不尽な世の中で傷つけられて癒されに来た人であれば、いまさら俗世間に戻りたくないという気持ち……
 と考えた。
「なるほど、俗世間にいた時、家族や肉親だからと言って、自分n気持ちが分かってくれたわけでも、手を差し伸べてくれたわけでもなく、自分が苦しんでいるのを見て見ぬふりをしたという感覚に陥っているからでしょうね。それに比べて他人であり、今までの自分のことを見たこともない団体が、手を差し伸べてくれた。しかも、その中にいる人のほとんどは、自分と似たような経験をして、ここにいる人ばかり、孤独で追い詰められた経験を持った人でなければ分からない思いを、ここでは共有できるというわけですよね」
 と辰巳刑事がいうと、幹部も嬉しそうに、
「ええ、その通りです。警察の方の中には辰巳さんのような分かってくださる方がいると思うと嬉しくなりますよ」
 と幹部は言った。
「いえいえ、世の中の理不尽さというのは、刑事のような商売をしていると、嫌というほど見てきていますからね。それが犯罪に繋がってくる。その真相に辿り着くということは、その理不尽さとは避けて通れないことになりますからね。だからいつも、悔しい思いをしているのも事実です。でも、だからと言って宗教団体を全面的に信用しているというわけではありません。中には人のそういう弱い部分に付け込む悪徳な集団もありますからね。そういう意味では、理不尽さを手段に使って、人を欺くような連中が一番許せないとも思うんですよ」
 と、辰巳刑事は、宗教団体に対しての釘をさすことも忘れていなかった。
「その通りです。我々もそれは危惧しています。例えばの話ですが、今の時代はほとんどタバコはどこでも吸えなくなってきていますが、数十年前はどこでも吸えましたよね? 禁煙ルームなども珍しかったくらいの時代から急激に嫌煙権を主張するものだから、どこでも、世間の流れに考慮する形で、次第に吸える場所が減ってきた。その時、喫煙者の中には、不心得者がいて、吸ってはいけないという場所でありながら、それを無視してタバコを吸う人が絶えません。嫌煙者は、それらの人をきつい目で見ていたんでしょうが、喫煙者も同じなんですよ。いや、ルールを守ってちゃんとした喫煙所でしか吸わない人からすれば、そういう不心得者がいるから、自分たち迄もが、不心得者に見られてしまうということで、嫌煙者以上に、不心得者に対して嫌悪を感じているものなのです。我々も同じなのです。宗教団体というだけで、今まで存在した酷い団体と同じように見られてしまう。これも我々が感じている理不尽であるんですよ。しかも、この理不尽は我々にとっては死活問題にもなる。だから、余計に俗世間での理不尽な目に遭っている人の気持ちが分かるのだと思っています」
 と幹部は言った。
「なるほど、その気持ちはよく分かります。警察組織でも同じなんですよ。刑事ドラマなどが下手にあり、視聴率がよかったりするので、その路線としては、どうしても、警察機構の悪いところである、管轄主義的な部分や、以前からあった取り調べシーンなどを覚えている人もいたりするので、我々としては、どうしようもないと思っています。どうしても世間はそういう目でしか見てくれないので、警察というだけで事件捜査に当たると、急に何も証言してくれない人とかも結構います。せっかく事件の真相を明らかにして、被害者やその家族の無念を晴らそうと意気込んでみても、一般市民が非協力的だとやり切れない気持ちになりますよね。結局どっちの見方なんだっていう思いになってしまいます。そんな思いをずっと抱いていると、たまに癒されたいという気持ちにもなりますね」
 と、辰巳刑事は話しながら自分の気持ちを吐き出してしまっていることにハッとした。
 別に彼らからマインドコントロールを受けているわけではないのに、そう感じてしまうのは、どこか辰巳刑事も宗教団体に共鳴する部分があるからではないかと思うのだった。
「宗教団体というのは、なかなか存続は難しいものだと認識しています。でも、昔からお寺のような感じで存続を考えているんですが、お寺でも、自分たちの食い扶持のために、托鉢などを行って、コメを恵んでもらうようなことが日課になっています。つまり、恵みを求めるのは、恥ずかしいことではないのです。要するに、我々の方が一般庶民より優れているという考えではなく、あくまでも、共存共栄をすることが理想だと思っているんですよね。それは刑事さんにも分かってもらえることではないでしょうか?」
 と、幹部は言った。
 辰巳刑事は、彼らのそんな言い分を聞いて、初めて宗教団体の人と話をしたが、最初こそ偏見が少なくともあったので、緊張してしまったが、話をしてみると、お互いに言いたいことが言い合えるという、いい関係を育むことができる相手として好印象を持った。それが嬉しかったのである。
「教団の主旨は、少し分かってきた気がします。ところで、今度の事件をザックリでいいですので、皆さんはどのように見ておられますか? 我々はまだ少しお話を聞いただけなので、教団の事情も内情も知りませんので、想像もつきませんが」
 と、辰巳刑事がいうと、
「何と言えばいいのでしょうか? 教団としても、青天の霹靂であることに間違いはありません。まさか、この建物内で血が流れることになるなど思ってもいませんでしたし、発見した若い連中も同じだったと思います」
 と幹部は言った。
 辰巳刑事も、これ以上幹部に話を聞いても、ここから先は同じことの繰り返しになると思ったので、今度は第一発見者の三人の小僧たちに訊いてみることにした。
 彼らはただの第一発見者なので、あくまでもその時の事情を聴くだけのことなのだが、最初は彼らも気が動転しているようだったので、聴取を控えていたが、まず最初に教団に対しての基礎知識を固めたうえで聴取に応じることができるのは、辰巳刑事としてもよかったと思っていた。
 彼らは別室で制服警官を相手に聴取を受けていたが、刑事に受ける聴取とは違って、相手がお巡りさんでは、かなり精神的にも違ったことだろう。だいぶリラックスができているようだが、それは若さによるものではないかと、辰巳刑事は感じた。

                封建社会の錯誤

 幹部の人たちには丁重に感謝を述べ、次に第一発見者である三んに事情聴取をしたいというと、幹部の方でも当然そうあるべきだと思ったのか、快く了解してくれた。
「では、さっそく、発見者の三人をここに連れてきてください」
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次