小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

自殺を誘発する無為

INDEX|15ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

「そうですか。早速いろいろお伺いしていきたいと思いますので、ご協力のほど、よろしくお願いいたします」
「はい」
 ここで亡くなっている女性は一体誰なんでしょう?」
 と、いきなり回答に窮する質問が飛んできた。
 質問者の方とすれば、教団の建物の一室で殺されているのであるから、少なくとも幹部の誰かくらいはこれが誰であるかを知っていて当然だと思っていた。その思いに警察側は誰も疑いを持っていなかったようで、
「実は、私どもも知らないんです」
 と答えると、どっとどよめきのようなものが、警察側から聞かれた。
 刑事は思わず自分たちの顔を覗き込んで、お互いに驚いているのを確かめているようだった。
「本当に知らないんですか? 少なくともここは教団の建物ですよね? 皆さんが知らない人が一人でここで殺されているというシチュエーションには、信じがたい部分がたくさんあると思うんですが」
 と言われると。言い訳のしようもなかった。
「もちろん、そのはずなんです。夜には完全に戸締りをして、この建物には昼間しか、教団関係者以外が入ることはないんです。教団は信者を増やすためということもあり、公開で参加者自由の中で、勉強会を開くことが多いですので、入信者以外でも、この建物内にいることは多いです。でも、早朝一番で死体がみつぃかるということは、一晩どこかにいたということになるので、ちょっと考えにくいことではありますね」
 と言った。
 それを聞いた若い刑事、辰巳刑事というのだが、彼は最近、K市で警察署では、名物刑事になりかけていた。
 それは別に悪い意味ではなく、どちらかという意味であったのだが、最近発生した事件の解決に、辰巳刑事の一言が発端となることが多かった。辰巳刑事は猪突猛進なところが若干ありが、それでいて、人の意見を素直に聞くという若手らしさを兼ね備えているところから、発想も的を得ていて、大外れしないところがあるのだろう。
 そんな辰巳には勧善懲悪なところを隠そうとはせず、猪突猛進な性格を、最初から表に出しているようなものである。教団の幹部くらいになれば、辰巳刑事のように分かりやすい刑事の性格を見抜くことは容易にできるはずであり、彼らとしては、扱いやすい相手ではあるが、下手に怒らせない方がいいというのも共通した意見であった。そのためには、初動捜査の段階では、なるべく正直に答えることが正解だと思ったようだ。
 実際には、知っていることと言っても何もなかった。一見そこで死んでいた人も、
「何となくどこかで見たことがあるような気がしているが、どこの誰だかはすぐには分からない」
 というのが本音であった。
 警察が来る迄は、死体を動かしてはいけないということであったので、俯せになったままでは、到底誰なのか分からなかった。しかし、今は死体も仰向けにされて、その上での面通しであったが、やはり誰なのか分からない。少なくとも幹部の皆は、
「見たことがあるような気がするけど、すぐに思い出せるほど親しい人ではない」
 という意見で一致していた。
「つまりは、あなた方は、表では見たことがあるけど、団体の施設では見たことがないということですね?」
 と辰巳刑事に訊かれ、
「そういうことです。少なくとも彼女はこの施設には入ってきたことがないと思います。要するに、信者ではないということです」
 と幹部の一人が話した。
「ところで、信者はどれくらいの数がいるんですか? あくまでもこの建物に関係した人数で結構です」
 と辰巳刑事が訊ねた。
 宗教団体としては全国的に名前が通っている団体であるので、実際にこの建物に修行であったり勉強をしに来れる人は、この周辺に住む人に限られるだろう。辰巳刑事は、それらの人々の人数を聞いたのだった。
「そうですね。数百人というところでしょうか?」
 と幹部は言った。
「宗教団体では、皆で合宿のような共同生活を送っている信者の方や、在宅からの通いのような形でやってくる信者の方もいると思いますが、共同生活している方々はどれくらいなんですか?」
「そんなには多くないですよ。百人にも満たないと思います」
「じゃあ、在宅からの通いのような人の方が結構多い訳ですね?」
「そう、そう思います」
「では、入信して共同生活を始めた人と、通いの人とでは、ここでの地位としてはいかがなのでしょう? 在籍年数という意味でもいいんですが」
 と辰巳刑事が聞くと、
「通いの方は、、結構幅は広いと思います。教団の創成期からの人もいれば、ごく最近の人もいます。それに比べて共同生活をしている人のほとんどは、中堅くらいでしょうか?」
「中堅というと?」
「ここ二年くらいが多いと思います。そもそも、この土地に施設ができてから、数年しかまた経っていませんからね。それまでは生活施設は、幹部関係のものしかありませんでしたからね」
 と幹部はいう。
「先ほどの被害者の方を直接は覚えていないということでしたが、この建物は、部外者がそう簡単に入れるところなんですか?」
 と訊かれて、
「勉強会や修行などと言った昼間の行事には、別に信者でなければ入れないなどという規則はありません。一応、表で受付をするようにしているんですが、そこに署名を拒否されてもそれは別に構わないようにしています。ただ、我々としては、署名いただければ、信者でない方のお生を覚えることができるというくらいのものです」
「信者以外で署名される方は、おられますか?」
「まずいないと思います。我々も期待はしておりませんからね」
 と幹部は言った。
「この教団は、一体、どういう集団なんですか?」
 と、ザックリとした曖昧な質問であったが、幹部にとっては、ぐさりと来る質問であった。
「我々の集団は、俗世間で理不尽な目に遭ったり、息ができないほどに追い詰められた人が気持ちを休めることのできる、昔でいう駆け込み寺のようなものになれればいいというのが一種の主旨ですね。気持ちを落ち着かせることができて、中には元の世界に戻っていく人もいますので、気持ちを休めただけなら、元の場所に戻ったとしても、現状維持をしたというだけで、結局は元の木阿弥になるだけではないですか。だから、修行や勉強をすることで、元も社会に戻っても、苦労することがないように考えているんです」
 と言っている。
「じゃあ、一度入信した人が、俗世間に戻ることを許しているんですか?」
「ええ、もちろんです。我々の活動はあくまでも、それらの人の手助けができればいいのですから、主役は彼ら何です。引き留めたりなんかしませんよ」
 と言った。
「ここで心を癒してから、元の世界に戻っていく人も結構いるんですか?」
「ええ、いますよ。でも、ほとんどの人はここでの修行や勉強を続けます」
「どうしてですか?」
「もちろん、彼らと立場が違うので、何とも言えませんが、俗世間に戻るのが怖いと思っている人と、自分の居場所をここに求める人、つまりは、ここのような自給自足を自分の人生として受け入れる人とに別れるんでしょうね」
「じゃあ、こちらに入信して、ここでの集団生活をしている人の中には、家族がいた人もあると思うんですが、その人たちが、身内を返せと言ってきたりはしませんか?」
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次