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自殺を誘発する無為

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 何と言っても、まずはそこに倒れている人の状況であった。教団の中には医療を司る部署も当然に存在する。何しろ一つの企業に匹敵する団体なのだからである。ここで医療を司っている医療幹部の一人は、F医大を主席卒業という名目の元、教団に入信する前には、F大学附属病院で、医局長もこなしていて、数年後には院長の椅子も狙えると言われたほどの、医療界のエリートであった。
 俯せになって倒れているので、なるべく動かさないように調べていたが、やはり死んでいるのは一目瞭然だった。そうなると、被害者をなるべく動かしてはいけない。殺人事件ともなると、現状保存が最優先だからだ。
 それでもさすがに医療の権威。俯せの状態でもある程度分かるようだ。
「どうやら、胸を刺されたことが原因のようですね。この場合は、出血多量によるショック死というところかも知れません。一つ気になるのは、即死ではなかったと思われるのに、苦しんだ様子があまりないことですね。ひょっとすると、睡眠薬か何かを服用した状態で刺されたのかも知れない。詳しくは、警察の鑑識に委ねるしかないですがね」
 と言っている。
 そして、今度は別の幹部が覗き込んだ。そこに倒れている人が女性であることが気になったのだ。
 その幹部は、人事的な仕事の長をしているので、教団の皆の顔はある程度把握していた。ただ、倒れている表情には断末魔の苦悶に歪んだ表情が刻まれていることから、普段との違いがあるため、よほど気にして見ないと、その素顔が分からない。それでも一番教団員を熟知している彼が判断したところによると、
「この人はこの教団の人間ではありませんね。少なくとも私はこの顔に見覚えはない」
 と言っていた。
 すると、もう一人の幹部が。
「この人の着ている服装は、俗世間において、外出着という感じがしませんね。まるで部屋着というか、このままエプロンをして台所に立っていれば、典型的な家庭の主婦という感じではないでしょうか?」
 と言っている。
 警察が到着するまでに分かったことはそれくらいであるが、動かすことができないだけに。これだけの情報でこの状況を説明することは不可能だった。後は、警察の捜査に任せるしかなかった。
 教団の信者も、警察が入ってきてテキパキと動いている様子を見ながら、緊張した表情をしていた。
 数多くの信者は、俗世間でひどい目に遭って、ここにやってきたこともあって、中には俗世間での地獄と思えるような光景を見た人が多かったが、実際の事件を目撃したのは皆初めてだった。
 しかも、
「犯罪など、ここでは起こるはずもない」
 というような、神話的な印象を持っていた人からすれば、明らかに今回の事件は青天の霹靂だった。
 教祖は、幹部の後ろに隠れていて、なるべく信者からは見えないようにしていた。教祖は他の幹部のように実は、肝が据わっているわけではない。事件が起こったことを聞いてから実際に見るまでの不安と、実際に現場を見たことで陥ってしまったパニックを、幹部が何とか収めたのだ。
 幹部としても、教祖であれば、パニックに陥るということは、想定内のことだったので、その状況を見ていた。
「精神安定剤を」
 と言って、教団の意志に指示し、精神安定に繋がるアンプルを、教祖に接種したのだった。
 教祖は人に対してのマインドコントロールもうまければ、自分に対していわゆる、
「自己暗示」
 を掛けることも得意だった。
 精神安定剤を摂取したのは、その効果をさらに確実なものにするためでもあったが、自己暗示によって、強烈な体力を消耗するので、その消耗の前に精神安定剤を摂取させておくことで、体力の消耗を少しでも和らげることができるからだった。
 その目論見は成功し、本来であれば、寝込んでしまっても仕方のない状態を脱することができた。教祖は人心掌握実に掛けては右に出る者がいないが、幹部たちほどの堂々たる肝も大きさはなかった。そこが、教祖の人間らしいところであるといえば、長所にもなるのだろうが、やはり大きな短所だと言ってもいい。
 しかし、その短所をひっくるめての教祖であることを幹部は分かっているだけに、彼が教祖であることが、一番この教団には必要なことであった。
 教祖が現れるが遅れたのは、そういう理由があったからだが、警察がやってくるまでには何とか教祖も正気を取り戻した。敵対関係ではないが、お互いに警戒すべき相手である宗教団体と警察という関係上、教団の教祖はしっかりしていないといけなかった。
 通報も、教祖の状態を見てから行ったので、少し遅れた。最初に三人の小僧たちが死体を発見してから警察が到着するもでには約一時間が経過していた。冬が近づいている今の時期でもやっと日の出の時間を過ぎたくらいで、あたりはまだまだ薄暗い状況だった。そんな薄暗い状況で、人も歩いていないような閑静な状況で、パトカーがやってきたのだから、サイレンを鳴らしていなくても、近くの住民には、何かがあったことは想像がついただろう。
 警察車両が何台も教団の門をくぐっていく。表に出てくることまではなかったが、近所の住民は、家から覗ける範囲で、警察車両が教団の建物に入っていくのを見ると、
「いよいよ事件が起こったんだ」
 と、それを見た誰もがそう感じるのだった、
 さすがに四半世紀前の事件を覚えている人は中年以降の人でないといないのだろうが、忘れていた記憶が鮮明によみがえってきた人も多いことだろう。
 救急車がひっきりなしに、交差点を行き来して、担架で救急車に運ばれる人が後を絶えない。表の通路には重症とまではいかない人たちが座り込んで、看護師や医者の手当てを受けているという。まさに臨戦状態の様をテレビを通してとはいえ見せられたのは、あれほどセンセーショナルな事件を後にも先にも事件としてはなかったかも知れない。
 地震などの天災の被害で悲惨な状況を見せつけられたことはあったが、あれは人為的な問題ではない。しかし、あの時は明らかに事件であり、それを引き起こしたのは、人が中心となった宗教団体だったのだ。
 あれから成立した法律もあったくらいなので、宗教団体には目を光らせていたにもかかわらず、こともあろうにどうして自分たちの街にそんなものができたのか、不思議でしょうがなかった。
「まるで昭和の事件を見ているようだ」
 と、さらに昔のイメージが頭をよぎった。
 近所の人たちが静かに見間おる中、教団の敷地内に入った警察は、パトカーの中から数人の制服警官と、背広姿の人、さらに、別の車両から、機材を持ち込もうとしている腕に県警の名前の入った腕章をしている人がいた。明らかに鑑識関係の人であることに間違いはないようだ。
 警察を呼んだのだから、彼らが入ってきやすいように、入り口の扉は開けておいた。それをいいことに、先人隊とでも言っていいのか、制服警官がなだれ込むように入ってくると、後からやってきた背広姿の刑事が、幹部の一人に声を掛けた。
「我々はF県警刑事課の者ですが、通報していただいたのはどなたでしょう?」
 と少し若めの刑事が、そう言った。
「私ですが」
 というと、
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次