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自殺を誘発する無為

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「監督がいて、攻守にそれぞれコーチがいて」
 という形になるのだろうが、そういうわけにもいかない。
 すべてを一人で担わなければいけないので、一か所にしか目が行ってしまえば、勝ちにはおぼつかない。
 攻めてばかりいると、あと一歩というところまで行っていて、負けてしまうことになる。それこそ相手から、
「二、三手自分の方が遅かったら、負けていた」
 と言わせることができるかも知れないが、逆に、
「お前がこっちばかりしか見ていなかったので、助かったよ」
 と、まるで敵に塩を送ったような形になってしまう。
 逆に守りだけを中心に見ていると、せっかくの勝てる場面を逃してしまい、そのうちに相手は鉄壁のガードを固め、唯一勝てるはずの馬援を逃してしまうことになるだろう。
 将棋に限らず勝負事には、必ず、二、三度は勝てるはずの場面が存在する。相手に守りの時間を与えてしまうと、その回数がたった一度にしかならないのだ。気が付いた時には、勝つことは絶対にできないという本末転倒な状態を作り出してしまうであろう。
 そんな状態になった将棋盤では、自分だけではなく、相手も困惑することだろう。そういう意味で、すでに勝負としての本来の形は失われてしまっている。それだけは本当は回避するべきなのではないだろうか。教団における勉強会では、そういう話を題材に、意見を戦わせるのも、一つの勉強だとされている。
「楽をしようというのもいいが、それはまわりを見ていないことに繋がるということをしっかり理解していないと、損をするのは自分だ」
 ということなのであろう。
 そんなことを考えながら掃除をしていると、奥の方から、鈍い声が聞こえてきた。本当は大きな声を挙げたいのだが、それを必死で押し殺している声。そんな来rが聞こえてきたのだ。
 考えてみれば、
「押し殺す」
 という言葉もおかしなものだ。
 いかにも押し殺している状況と似ているからだ。
 人を絞め殺したりした時、呼吸が止まり、苦しさから目をぐっと開いて、相手を睨みつけるような表情になるが、それと同時に首を絞められる寸前に大きく息を吸うようだ。
「どうして首を絞められるということが分かるのだろう?」
 というのが疑問であった。
 首を絞められるのが分かっているなら、息を吸い込む暇があったら、逃げる暇もあったのではないかと思うのは、おかしいのだろうか。いや。実際に首を絞められる前に息を吸い込んだという事実から、首を絞められることを最初から分かっていたのだと勘違いすることであった。
 すべては首を絞められて死んでしまってから感じることである。そういう意味では、この世では永遠に感じることではないだろう。あくまでも矛盾した考えとして残るだけではないだろうか。
 そういう意味で、この世に起こる不思議な出来事も、そのすぐ後に誰かの死が絡んでいるのではないかと思うと説明ができてくることも結構あるのではないだろうか。その発想は、実はこの教団では幹部が持っていた。一般の信者には刺激の強すぎる考えで、理解できないだけではなく、死後の世界というものに対して恐怖心を抱かせてしまうのではないかというのが、彼らの考えだった。
 この教団は信者を縛ることに掛けては、他の教団よりも厳しいのかも知れないが。中途半端な状態にして、どっちつかずの状態になってしまうことが、一番精神的に不安定な状態を作り出し、せっかく俗世間から逃れてきた感情を元に戻してしまうことになってしまっては、これまでの時間がまさにまったくの無駄であると言わしめるだけになってしまうであろう。
 そう思うと、この教団は、世間で言われている他の教団との十把一絡げではいかないところがあると言えるのではないだろうか。
 その時に、奥から聞こえてきた、一見、
「この世のものとは思えない」
 というような首を絞められる前に一気に息を吸い込んだ状態で挙げた悲鳴のような押し殺した声は、一瞬どこから聞こえてくるのか分からなかった。
「電子音は、音が特殊なので、どこから聞こえてくるのか分からない」
 と言われているが、まさにそうなのだろう。
 しかも、この声に気付いたのは、ここにいる二人のうちの一人だった。彼の感覚としても、
「もし、ここに今はもう一人だけだけれども、百人いたとしても、今の声が聞こえたのは、自分だけだったのかも知れない」
 と思うほど、その声は異常なものだった。
 世の中には。
「ある一定の年齢を超えると聞こえない音というものがある」
 と言われる音がある。
 それがいわゆる、
「モスキート音」
 というものであるが、この時この小僧は、たまたま知っていたモスキート音という言葉を思い出していた。
 しかも、ここにいるのは、皆同い年くらいなので、モスキート音のように、
「ある一定の年齢」
 という理屈には当てはまらない。
 彼はその声とも音とも区別のつかない、異音を聞いて、それが奥の部屋から聞こえてきたことに気付くまで少し時間が掛かった。
 奥の部屋には何もなく、声が響くものだが、今の音は完全に籠ってしまっていた。
「あんな部屋に、こんなに籠った音が聞こえるなど、反射機能を有しながら、一緒に相手のすべてを吸収するかのような機能も兼ね備えた不思議な空間を想像させた。
 こんなことを考えるようになったのも、きっとこの教団における不思議な雰囲気がそうさせたのだろう。
「今までの俗世間では感じたことのない感覚」
 を感じたのだった。
 悲鳴に反応した一人に、もう一人が気付いて声を掛けた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
 というと、
「あ、いや、何か鈍い声のようなものが聞こえたので」
 と言って、二人はあたりを見渡した。
 その時初めて自分たちが三人であったという基本的なことを想い出したわけだが、それと同時に彼は、自分が金縛りに遭っていたことに気付いたようだ。
 金縛りに遭ったりすると、まるで夢を見ている時のように、どんなに長い時間であっても、実際には数秒しか経っていないことを思い知らされる。金縛りには今までに何度か会っているが、彼の場合は、必ずいつもそばに誰かがいる。普通金縛りに遭う人というのは、一人でいる時というのが、相場が決まっているかのように感じていたが、どうもそうではないようで、特に彼の場合は、さらに違うようだった。
 だから、実際にあの声が聞こえてからもう一人に声を掛けられて我に返るまでがどれほどの長さだったのか意識としては薄い感覚であるが、確証としては、かなりの短さだったということは想像がつく。
 ほんの数秒などとは想像もつかないほどであるのは、きっと時系列が思ったよりもしっかりしているからであろう。だから、夢で見たことも、夢だという感覚がないため、さらに長さを感じているに違いない。それを思うと、金縛りの時と夢を見ている時で何が違うのか、考えさせられるのであった。
 急いで隣の部屋に行ってみようとするのだが、相当身体が固くなってしまっているのか、想像以上に動けない。まるで水の中を歩いて進んでいるかのような感覚で、泳いだ方が早いのではないかと思うと、
「空を飛ぶことはできなくても、宙に浮くことくらいはできるかも知れない」
作品名:自殺を誘発する無為 作家名:森本晃次