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短編集110(過去作品)

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この部屋の過去



                この部屋の過去


 会社からの帰り道、いつも何かを考えながら歩いている順平には、時間の感覚がさまざまだった。短く感じる時もあれば長く感じる時もある。同じ道でも出勤する時間帯ではあっという間に駅に着いている。眠たい時間帯であったり、通勤通学で皆歩くスピードが速かったりするせいもあるのだろうが、
――これから仕事なのだ――
 と気合を入れることで、時間をあっという間に感じるのだろう。
 時々、会社に行くのが嫌になる時がある。前日上司に叱られたりした時や、たまに陥る鬱状態のせいであるが、そんな時は考えごとをしていなくともあっという間である。考えごとをしていないように思えて、何かを考えているからに違いない。
 逆に会社に行きたくてたまらない時もある。そんな時は仕事に集中している自分を思い浮かべ、いつも歩いている道を同じイメージで歩けなくなっている。気持ちはすでに会社にあるからだ。
 しかし、帰りはあまり考えていないかも知れない。というよりも出勤の時に比べれば、精神状態に変化はない。仕事で疲れていて、必要以上のことを考えないようにしているからか、それとも途中で仕事を放ってくることがないからであろう。ちゃんとキリをつけて変えることを心がけているからだ。
 誰でも同じなのかも知れないが、仕事にキリをつけることに関しては必要以上に神経質であった。
――仕事とプライベートは別なんだ――
 と考えるようにしているからで、それは気持ちの切り替えがあまり得意ではないことの裏返しに過ぎない。
 仕事の帰りにはたいていお腹が空いていて、途中で買い物をして帰るのだが、そこから先は家までの寄り道はない。
 一人暮らしを始めて十年近く、仕事の関係で転勤もあったが、今の土地に住み着いて三年が経っていた。
 結婚を意識しないわけではないが、まだまだ結婚の二文字が実感として湧いて来ない。
「お前、そろそろ考えてもいい頃じゃないのか?」
 同期入社の連中の半分は結婚していた。早いやつは入社二年目で社内恋愛を成就させて結婚したが、それなりに幸せなようだ。
 中には、社内恋愛に失敗し、今でも独身のやつもいるが、さすがに傷も癒えて、今では新しい恋愛を謳歌している。
 順平は、社内恋愛は基本的にできない方だった。
 仕事中は仕事でキッチリとしないと気がすまない方なのだが、最近ではその気持ちが少し違っていることに気がついた。
――割り切っているつもりではいるが、意外と違うのかも知れないな――
 気になる女性がいないではない。それは転勤前の支店でもそうだった。自分の中で社内恋愛を勝手に封印していただけだった。今から思えば順平を意識していた女性事務員もいたかも知れない。
 会社ではあまり喋らない方だ。同じ事務所の二年先輩の営業マンは、結構事務所で喋っている。支店長から白い眼で見られているかも知れないが、喋る人もいなければまるで通夜のような雰囲気だ。白い眼で見ることもあるが、支店長からすれば、必要悪のようなものとして大目に見ているのではなかろうか。
 順平にとって事務所の雰囲気は、悪い方ではない。時々重苦しい雰囲気になる時があるが、それは順平自身の精神状態によるものだろう。失敗をすればすぐに立ち直ることができないタイプなので、なるべく慎重にことを運ぼうとする。だからこそ、仕事を途中でやめて帰ることをしないのだった。
 総勢数十名の事務所で、昼間などは営業が出払うと、女性が多くなる。三十歳を超えてくると、支店の中では中堅クラス、営業先が少し減って、その変わりグループの長としての仕事ができてきた。事務所にいる時間も必然的に増えてくるのだ。
 一人でコツコツとこなすことはそれほど苦にならないが、数人を纏めるという仕事は結構難しい。人の面倒も見なければならないし、何よりも部下が仕事をしやすい環境を作ってあげなければならない。
 そのためには上司からの小言を引き受けたり、部下の要望を上司に伝えたりと、今までに比べれば精神的にかなり負担が掛かっている。その負担は想像以上のもののようで、なかなか慣れてこない。一日に数回、どこかで胃薬を飲んでいるような状況だった。
 三十歳を超えた頃というと、仕事では脂の乗り切った年代なのかも知れない。だが、最近の順平はあることで悩んでいた。物忘れが目立ってきたことである。
「あれ? 何をしようと思ったのだろう?」
 立ち上がった瞬間に忘れてしまうこともちょくちょくあり、最初はそれほど気にならなかったが、数日に一度だったのが、一日に一度はそんな気持ちになると、さすがに気にならないわけには行かなくなった。
 きっと我に返っているのだろうと思ってみたが、すぐに思い出せずに、結局そのまま何だったのか分からずじまいのこともある。後味の悪いものがそのままストレスにもなったりした。
 物忘れの激しさがデジャブーを呼び、時々どれがいつのことだったのか分からなくなる。そんな時は、一日が長く感じられ、一週間があっという間だったりする。
――年を取ったんだな――
 という思いは、物忘れが気になることよりも、一週間があっという間に感じられるようになったことに由来しているのだった。
 仕事が毎日同じペースで進んでいるので、却って物忘れに繋がるのかも知れない。多少なりの変化はあるのだが、抑揚のあるものではない。これでは、
――毎日を繰り返している――
 という思いを払拭することはできず、物忘れが余計に気になってくるのだ。
 そんな毎日の中でも最近気になっているのが、帰り道でのことである。
 残業があまりなく、夜の時間を持て余しているのだが、ここ最近は、立ち寄るところもなく、帰途についていた。
 途中では買い物を済ます程度で、買い物も一人なので、それほど時間も掛からない。
 買い物は駅近くのコンビニで済ますことが多い。駅前には以前スーパーが二軒あったのだが、そのうち一軒が閉店したため、一方に客が集中するようになった。レジで並びたくない順平は、スーパーにしかないもの以外は、コンビニで済ますようにしている。
 コンビニといっても、最近は店内にパン工房があるが、順平の寄るコンビニにも焼きたてパンの香ばしい匂いが漂っている。それにつられていつもパンと他におかずを買っているのだが、どこかアンバランスな感じは拭えない。
 白いビニール袋を下げて歩くのは人によっては恰好の悪いものだと思えるかも知れないが、順平は気にしない。確かにスーツに白いビニール袋、いかにも一人暮らしのサラリーマンを絵に描いているが、事実なので、却ってそのようにみられた方がスッキリとする。割り切っているという感覚とは少し違っている。
 あまり普段からたくさん食べる方ではない。朝食は食べないので、その分、昼食を食べる。一日のうちで本当の主食は昼食になっている。
 コンビニは西側に正面玄関があるので、夏の時期は店を出る頃はちょうど西日が当たって眩しい。
 店を出てから眩しい中を歩いて帰ることになる。
作品名:短編集110(過去作品) 作家名:森本晃次