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短編集110(過去作品)

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「ミラーハウスというと、遊園地などである鏡の部屋のことかい?」
「ああそうだ。あそこに入ると、右も左も分からなくなるだろう? そして、自分がどこにいるのか分からなくなる。俺なんか、次第に自分の存在を疑いたくなるくらいまで意識が錯綜してしまったくらいさ。きっと錯乱状態に陥る時というのは、自分が分からなくなった時に一番陥りやすいのかも知れないな」
 と言っていた。
 確かにそうだ。
 記憶が錯綜している時など、自分がまったく分からない。というよりも、もう一人自分がいて、その自分が客観的に困っている自分を見ているシチュエーションを思い浮かべることが多い。
 客観的に自分を見つめていると、自分が次第に小さなものに思えてくる。自分が育ってきた記憶なども自分の姿に伴って小さく感じられ、時間の長さの感覚が麻痺してくるのだった。
「そういえば、俺が以前に見た夢で、自分の前と後ろに鏡があるんだ。その鏡に映し出された姿というのは、どこまで行っても無限だろう? 左右前後の違いこそあれ……」
「何が言いたいんだ?」
 友達は、話の間で一旦間を空けた順平の間にすかさず割り込むように相槌を打った。
「その鏡に写っているはずの自分が、途中から違う人になっているように思えるんだ。これっておかしな感覚だよな」
 もちろん、今までにそんな話をしたことがなかった。この話をしたことも後から考えれば自然だった。
――話すべくして話をしたんだ――
 と思えてくる。
「鏡って、本当に見えているものを忠実に映し出しているんだろうか?」
 友達は完全に自分の世界に入り込んで考え込んでいた。それを見ていて考えている順平は、まるで考えているのが自分で、それを客観的に見つめている自分の姿を思い浮かべている。
「それはそうだろう」
 とは言ってはみたものの、本当にそうだと言い切れない自分がいる。少なくとも夢に出てきた時の自分を、
――ただの夢だったんだ――
 と思えない自分がいることに気付いていたからだ。
 夢の話をしていると、今までに好きだった女性をイメージする時に共通点があることを思い出した。夢に何度か彼女たちが現れたが、彼女たちにはそれぞれにイメージがある。
 夢では考えられないことなのだが、音楽がイメージされていた。
 夢の中はまず音が響くわけはない。響いたとしても覚えているわけがないというのが、順平の夢に対するイメージである。
 小学生時代に好きだった、ショートカットの女の子のイメージhがジャズ、会社で気になっているロングヘアの女性のイメージはクラシックであった。
 しかもクラシックは、雨音のイメージも含んでいて、やはり梅雨の時期をイメージさせるものだった。
 クラシックを聞いている時、聞きたくなる時、雨が降っていることが多いことが、イメージに繋がっているのかも知れない。
 順平はジャズよりもクラシックが好きである。
 ジャズはどちらかというと避けていたところがあり、クラシックばかりを意識していた。
音楽の好きな友達から、
「ジャズの方が絶対にいいって、クラシックを聴く人は、年を取ってから演歌に走る人が多いが、ジャズを聴く人は、年を取ってもジャズを聴いているものさ」
 と言っていたが、何を根拠なのか分からない。
 だが、最近になってそのことが意識として残るようになっていた。
――確かにジャズが最近気になってきたのだが、聴こうとは思わない。なぜなのか分からない――
 と自問自答をしていた。
 その気持ちはまるでジャズを封印しているような気持ちである。ジャズのリズムは嫌いではない。だが、どこか黒人のイメージが頭にあり、それが嫌なのだ。どこかガサツな雰囲気がある。もちろん、偏見には違いない。
 クラシックを聴いていて雨をイメージするようになったのは、小学生の頃に休み時間の間に流れていた音楽がクラシックだったからだ。
 行進曲は別にして、特にバイオリンが奏でるメロディには、どこか湿気が感じられた。
 小学校のグラウンドの奥には、雨の日でも遊べるようにと、ピロティが設けられていた。
 そこは雨が降っていなくても年中湿気ていたのだ。今から思えば、コンクリートに覆われたピロティは、夏の間など、日が当たっている場所と、日陰になっているところの温度差が湿気を呼ぶのだと理解できるが、当時はそんなことが分かるはずもないし、不思議に思ったとしても、それがなぜなのかを考える気にはならなかった。
 子供にとって謎を解き明かすのは楽しみな人と、そうでない人とに完全に別れるのではないだろうか。順平は謎だと思っても、そのことを自分から解き明かそうとするタイプの子供ではなかった。
――大きくなったら分かることだからな――
 と思っていたのだ。
 学校の授業でも先生の話したことを素直に聞いていた順平は、
「君たちが大人になれば分かることだよ」
 と言っていた言葉を最後まで真剣に信じていた。
 先生からすれば、
「大人になって分かることを今分からなくてもいい」
 ということで、プレッシャーを掛けないつもりだったのだろうが、生徒の中には、どんな些細な言葉でも素直に聞く子供がいることなど、あまり理解していなかったに違いない。
 もし、今順平が教師になったとしても、小学生の頃の先生のように、
「君たちが大人になれば分かることだよ」
 という言い方をしているに違いない。それだけ小学生時代というのは、遠い過去になってしまったのだ。
 ピロティで遊ぶことの多かった順平は、どうしても湿気ばかりを気にしていて、クラシックが鳴ると、雨が降らないまでも、湿気た空気を思い出してしまうのだった。
 高校に入ってから受験勉強の合間によくクラシックを聴いていた。表は晴れていても、どこからともなく雨音のようなものが聞こえてくる。
 湿気も感じるようになる。夜露で湿気を帯びているのは表だけのはずなのに、夜になると湿気を感じるようになっていた。それもクラシックを聴くことでの意識過剰なのかも知れない。
「パブロフの犬」
 という言葉があるのを知ったのはそんな時ではなかったか。
 いわゆる条件反射と言われるやつである。
 反射というと鏡に光が当たって跳ね返り、さらに光を増幅させるものである。
 鏡というと、夢の中で見た無数に続く自分の姿が途中から変わっているという不思議な現象を思い出させる。
――すべての発想がどこかで繋がっているのかも知れない――
 と考えると、喉が渇いてくる。湿気を感じる時も喉が渇いてくる。クラシックを聴きながらコーヒーを飲んでいると、その芳醇な香りが眠気を覚まさせる。しかもコーヒーを飲むと、さっきまで感じていた湿気を感じなくなるから不思議だった。
 コーヒーには「カフェイン」というアルカロイドが含まれている。いわゆる神経を覚醒させるものだが、順平の心の中にある条件反射を中和させる効力があるようだ。
 夢では音とともに香りも感じないはずである。
 だが、クラシックを聴いていて、コーヒーの芳醇な香りを感じたことがあるが、その時に必ず目が覚めていた。
――矛盾しているんだ――
 と心のどこかで感じたように思う。
作品名:短編集110(過去作品) 作家名:森本晃次