小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集110(過去作品)

INDEX|11ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 悪い気はしない。おせっかいではあるが、気にしてくれているというのはそれだけ仕事でもコミュニケーションが取れているということだ。
 意外と一番コミュニケーションが取れていないのが彼女とかも知れない。仕事をしていても必要以上に意識してしまっていて、そんな感情は相手にもすぐに分かるものらしい。
「あの二人、どこかぎこちないな」
 という噂は流れるのが早く、二人の関係を疑っている人もいるようだ。
 疑われると却って意識してしまうもので、お互いにぎこちなさが直らない。だから、コミュニケーションも取りにくい。
 コミュニケーションが取りにくいと、意識が強くなる。堂々巡りをしているようだ。
 会社で見つめる視線と、家に帰り着いてヒンヤリとした部屋で感じる彼女への意識とは違うものなのだろうか?
 会社ではまわりの視線を意識しなければいけなかったり、それよりも実際に浴びる彼女の視線を痛いほど感じている。
 なるべく無視しようとしているのだろうが、彼女も気になるのか、時々視線に痛いものを感じる。
 部屋に入って感じる一瞬の孤独感、そこに入り込んでくる彼女への意識、意識が早いのか彼女を感じる気持ちが早いのか分からないが、気がついた時には事務所にいる時の彼女の視線を感じている。
 どうやら、二つの視線を意識しているようだ。会社にいる時の視線は、あくまでも自分が受身であるが、一人でいる時に感じる視線は、まるで彼女が違う人に向けている視線を他人事のように見ているものだった。
 その視線の先は明らかに自分である。では部屋に入って感じている自分は、本当の自分ではないのではないかと思うが、こっちが本当の自分だという気持ちになってくる。
 部屋の冷気は、本当に感じているものなのかの疑問もある。違う自分が他の場所で感じた冷気を、一瞬思い出しているだけかも知れないと思うと、それがいつのことだったのか思い出そうとする自分もいた。
 思い出すにはあまりにも時間が短すぎる。きっと夢の世界と同じ感覚なのだろう。実際の夢の世界は、目が覚める前の数秒だと言われている。だからあまりにも現実から見ると薄っぺらいものなので、思い出そうとしても思い出せるものではない。
 そういえば、最初に彼女を意識したのは、梅雨の時期だった。
 転勤してきたのが梅雨の時期で、彼女を意識し始めたのがいつだったかと聞かれるとすぐには答えられないが、まだ事務所に慣れる前だったのは間違いない。
 先輩社員に、いろいろ営業先を紹介してもらうのに、外出が多かった時期。雨が強い時期もあった。
 電車での移動の時など、雨に濡れての帰社になることもあった。風が強い時など、スラックスのほとんどが水浸しになることもあった。
 事務所の中にはクーラーがついている。
「ただいま」
 というと、
「お疲れ様でした」
 という声が返ってくるが、それまでに一気に寒気を感じた。
 足元から感じる冷気は、濡れそぼっているスラックスからさらに体温を身体全体から奪おうとする。一気に冷え切ったような気分になるのは、その時に感じた思いからであるが、反射的に震える寒さには縮こまってしまう。
 一人暮らしの部屋に住み始めて、夏の間に感じる最初の冷気は、最初からだったように思う。
 冬の間も冷気があったが、それは冬だからというだけではなかった。冬に感じる冷気は、部屋を暖かくすることで解消できるものではなかったはずだ。だが、一旦部屋に入り込んでしまうと感じることはできないが、一度部屋を暖かくしたまま。近くのコンビニに買出しに出かけたことがあり、帰ってきて扉を開けると冷気を感じた。
 その時も会社から帰ってきた時と同じように、彼女のイメージが湧いてきた。
 元々気が強そうな女性が好きなのかも知れない。
 学生時代までは、慕ってくれる妹のような女性ばかりを見ていたが、なかなか自分が好きになる女性のイメージとして共通のものがない。
 好きになる女性は、結構精神的に起伏の激しい人が多かった。わがままにも見えるのだが、いつもどこか不安を背負っているような気弱な感じの女性である。
 気弱な自分を見せたくないという思いから虚勢を張ってみる。だが、虚勢を張っていると、今度は可愛らしい女性であるはずの自分に疑問を感じ、さらに甘えたような行動になる。
――どっちが本当なんだろう――
 と考えてしまうが、結論として、どちらも本当なのだ。精神的に不安定になっているので仕方がないのだろうが、その時々で見せているはずの本当の相手を見抜いてあげなければならないのは、まだ学生で若かった順平には難しかった。
――何か一つでも信念を持てることをやっていれば、彼女たちの気持ちに近づけたかも知れないな――
 と感じた。
 会社で気になる女性は、決して気弱に見えない。いつも何かの不安に怯えている女性という雰囲気はない。
――気丈に見える――
 と思うのだが、どこか心の奥にトラウマのようなものを持っていて、そのせいでなかなか話しかけられるものではなかった。
 その理由を知ったのは、夏に入ってからだった。
「彼女ね。前に付き合っていた人がいたのよ。その人とは多分結婚の約束くらいはしていたかも知れないのよね。でも、その彼が交通事故で亡くなったの。だから気丈に見えるけど、どこかにトラウマが隠れているのよ」
 という話を聞かされた。トラウマは感じていたが、それは順平が感じていたトラウマとは少し違う。
 彼女のトラウマは、遥か以前からあったもので、それを誰かに、きっと亡くなった彼氏にであろうが、解消してもらったのであろう。だが、その彼氏が亡くなって、永遠に封印してしまったトラウマの変わりに、新しいトラウマができた。それはなかなか解消できるものではないだろう。なぜなら、トラウマを解消してくれるはずの本人と永遠に会うことができないからだ。
 というよりもトラウマの原因となったものが永遠に続くことを意味しているのかも知れない。順平の想像は留まるところを知らなかった。
 冬の時期、時々冷たい雨が降ることがある。風が強く、梅雨のようにスラックスがグッショリと濡れてしまうこともある。
 そんな時に感じる冷たさは、梅雨の時期の冷たさとは若干違っているように思う。
――そうだ。梅雨の時期には梅雨独特の雨の匂いがしていたっけ――
 まるでセメントのような匂い。雨が降りそうな時は、湿気とともに、匂いが沸き起こることで分かるのだった。
 昔の記憶を思い出す時というのは、記憶が錯綜している時が多い。それだけに記憶が希薄だったりするものであった。
「ミラーハウスって行ったことがあるかい?」
 会社の人から話しかけられたことを思い出した。大した話ではない場合でも、ふとしたことで記憶の奥から出てくることがある。これは、同じ場所で奇しくも毎回同じことを思い出すことと同じ発想なのではないかと思うことがあるくらいなのだが、思い出して納得してしまうと、すぐに忘れてしまう。
 やはり記憶力が落ちているせいもあるかも知れないが、ピンポイントで発想することに長けているからかも知れない。どちらがいいのか分からないが、自分をしっかりと見つめなおすことにすべてが繋がっているだろう。
作品名:短編集110(過去作品) 作家名:森本晃次