自殺と事故の明暗
なつみは、みゆきが警察に事故の証言をしている時、そばにいた。最初は刑事さんに対しての言い方が、思い切りm
「ため口」
だったことで、気を揉んだが、刑事の方も子供の扱いは心得ているようで、まったく気にしていないようだった。それどころか、刑事の方もため口になり、まるで友達同士の会話に変わっていた。
だが、そのおかげか、みゆきは饒舌になり、どんどん発想が湧いて出てきているようだった。
本当なら刑事の方も、
「余計なことはいいから、見た儘を話しておくれ」
というのが普通ではないかと思っていたが。みゆきの想像を聞きながら、刑事の方もワクワクしていたようだ。
なつみが考えるに、警察内で掴んでいた情報が、みゆきの証言によって裏付けられていき、みゆきの想像力が、ジグソーパズルのパーツを次第に組み立てて行っているように思えたことで、真相に近づいていると感じた刑事の方も、ワクワクしたのではないだろうか。なつみはみゆきを止める気にもならなかった。何しろ、自分までもがワクワクし、次第に積み重なってきた証言に対して、なつみも一言二言言いたくなってくるくらいだった。
これがまたしっかりと的を得て、刑事を感心させる。事件が解決し、犯人が逮捕され、みゆきに感謝状が贈られるとなった時、担当刑事がわざわざなつみの学校までやってきてから、
「今回の感謝状はみゆきちゃんだけに与えられることになったんだけど、刑事さんたちは皆なつみちゃんの助言もありがたかったと思っているんだ。だから、申し訳ないけど、珪砂さんたち皆が感謝しているということで、勘弁してくれないかな?」
と言ってくれた。
それを聞いて、なつみは感動した。それまで警察というと胡散臭いというイメージしかなかったが、こんなにも市民のためを思ってくれているんだと感じて、本当に感動したものだった。
「いいえ、大丈夫ですよ。これからも刑事さんたちで街の治安を守ってくださいね」
という、
「大人の返事」
をしたことが、また刑事に感動を与えた。
きっと、
――よくできた姉妹だ――
と思ってくれたことだろう。
その時のことがきっかけで、わざわざ話に来てくれた刑事、名前を清水さんと言ったが、その清水刑事となつみは仲良くなった。
清水刑事が忙しい時はなかなか話もできないが、清水刑事はなつみのことをまるで娘のように思っているようだった。
その頃の清水刑事はまだ三十歳になって少しくらいだったので、結婚もしていなかったのに、いきなり中学生の娘ができようなど、考えただけでもおかしかった。
だが、清水刑事は、子供が好きだった。特に女の子は可愛いと思っていて、子供ができたら、ぜひ女の子をと思っていたくらいだ。
たまに清水刑事がなつみを食事に誘うこともあったが、一応、親には了解済みだった。
親としては、子供を構ってくれる信頼できる大人がいることは自分にとってよかった。それは自分が遊ぶ時間ができるからだった。
なつみにとって、
「どっちが本当のお父さんなんだか」
と思えてならなかった。
父親も母親も正直嫌いだった。特に思春期の娘に対しえtのデリカシーのなさはひどいものだったからだ。
清水刑事は、時々後輩である辰巳刑事も一緒に連れてきてくれた。辰巳刑事は最近刑事になりたてだということで、何にでも興味を示す人で、自分の両親とは正反対な性格だと思ったことで、
――清水さんが私のために、連れてきてくれたんだわ――
と感謝していた。
清水刑事の方としても、確かに半分はなつみのためであったが、もう一つは辰巳刑事のためでもあった。まだ新人刑事としての辰巳刑事には、なつみのような冷静にモノを見る女の子を自分で感じてくれるのを望んでいた。特に妹の面倒見のいい姉という印象から、辰巳刑事には、なつみのような女の子の存在を知ってもらうことがいいと、感じたのだった。
なつみの方も辰巳刑事を見て、
――この人を見ていると、みゆきを見ているようだわ――
と感じた。
どこか落ち着きがないくせに、好奇心は旺盛で、まるで子供のようなことろがあり、純粋に見えた。
何よりも警察官として一番必要な感情である。
「勧善懲悪」
を持っていることに、深い関心を抱いた。
「なつみちゃんと言ったっけ? この間は大活躍だったそうだね?」
と辰巳刑事に言われて、
「あ、ええ、でもあれは妹のおかげであって、私は何も」
と言いかけると、
「そんなことはないよ。なつみちゃんがしっかり妹をフォローできたから、事件は解決できたんだよ。きっと、あの場にお姉ちゃんがいてくれたことが、どれほどみゆきちゃんの力になったことか。そこがなつみちゃんの本当のいいところなんじゃないかと僕は思うんだよ。でも、なつみちゃんはなつみちゃん。しっかりと自分をアピールする時はしてもいいんだよ」
と清水刑事は言った。
なつみが妹に対して遠慮がちなのはよく分かっていた。両親に対してのわだかまりがあるのも分かっている。だからこそ、清水刑事はなつみに執着している。別に放っておけないというわけではない。なつみと一緒にいることで自分も何かを得られる気がしていた。
「なつみちゃんは、刑事さんたちの仕事をどう思ってくれているのかな?」
と辰巳刑事が聞いた。
「立派なお仕事だと思います。みゆきに言わせると『悪い人たちを捕まえる仕事だ』というかも知れないけど、私はそれだけだとは思わない。みゆきのように何でもかんでも、いい悪いという線引きができればもっと気が楽だろうにと思うこともあるんですよ。刑事さんたちは、そのいいこと悪いことの線引きを、自分たちでしなければいけない。もちろん刑事さんたちだけで求めるものではないんでしょうけど、何かの事件が起きれば、まず最初に第一線で捜査して、真相を突き止めるという仕事をされている。危険も伴うでしょうし、理不尽なことも多いかも知れない。そんな状況を全部ひっくるめて、真相に辿り着く努力をする。大変で立派なお仕事だと思います」
という話を聞いて、二人の刑事は唖然として、二人は顔を合わせていた。
まさか、中学生の女の子がここまで考えているなんて、さすがの清水刑事もビックリした。
――これでは慰めているつもりが、慰められているようなものだな――
と、感じたほどだった。
辰巳刑事も気持ちは同じなのかも知れない。
「なつみちゃんを見ていると、本当に妹思いの素晴らしいお姉ちゃんなんだなって思うよ。そこは、後輩思いの清水刑事と重なるところがあるね」
と、うまく二人をおだてた辰巳刑事だったが、
「よせよ。俺に対してのお世辞はいいから」
と言って、照れている清水刑事を見て、
――本当にいいコンビなんだな――
となつみは感じた。
自分たちも以前、お互いに感じたことを言っただけなのに、それが事件解決に一役買ったことは実に嬉しいことだった。
それにしても、まだまだ新人という雰囲気が抜けきらない辰巳刑事であるが、なつみは清水刑事よりも、この新人の辰巳刑事の方が気になっていた。
恋愛感情というわけではなく、
「まるでみゆきを見ているようだ」
という感覚で自分が見ていることを自覚していた。