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自殺と事故の明暗

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 それから数日後の朝、目が覚めれば凛子の記憶が戻っていた。
 その日の朝は、凛子にとって目覚めはいい方だったように思う。パッと見た目、記憶が戻っているなどと誰も気づかない。凛子本人ですら、よく分かっていなかった。だが、彼女が気になっていることが、ついつい言葉に出たのだろう。看護師はそれを聞いてから、最初は、
「おやっ?」
 と思ったという。
「川島さん、どうなったんだろう?」
 と呟いたのだ。
 看護師は、川島という名前をもちろん知らない。だからこそ、凛子が口にしたその名前を訊いて、
「記憶が戻ったの?」
 と訊いてみた。
 すると、彼女は意外なことに。
「記憶? 私、記憶を失っていたの?」
 というではないか?
「あなたは、交通事故に遭って、ここに運ばれてきたの。そして数日意識不明だったんだけど、気が付いてから、記憶が欠落していることが分かったのよ」
 と、実に大まかであるが、今までの経緯を話した。
「交通事故に遭ったんだ?」
「ええ、ひき逃げだったんだけど、あれから、もう十日ほどが経つわ。記憶が戻ったということなんでしょうけど、あなたがこの病院で入院してから今までの記憶というのは、どうなの?」
 と訊かれて、凛子は、
「少しおぼろげなんだけど、記憶がないということはないわ」
 と言っている。
 どうやら、記憶を失う前の記憶を取り戻したとしても、記憶を失ってから新たに作られた記憶が失われるということはなかった。
 やだ、これも専門家ではないので、他の人を知らないが、人によって違っているのかも知れない。ただ、今回のケースでは、記憶喪失の間の記憶が、過去の記憶が戻ったことで、上書きされるということはないようだった。
「さっそく、警察の人に知らせましょう」
 と言って、彼女は服部刑事に電話を入れた。
「よし、さっそく病院に向かってくれ」
 と報告を受けた門倉刑事が、服部刑事と、辰巳刑事を病院に向かわせた。
 ちょうど連絡を受けた時間がみゆきは学校での授業中だったので、このことは知らなかったが、彼女も今日の放課後、お見舞いに来るつもりだったので、必然的に、辰巳刑事や服部刑事と一緒になることは、この時点では、紙のみぞ知るということであった。
 二人の刑事は病院まで、約十五分を車で移動。あまりにも近かったので、車の中での会話はなかった。もっとも、記憶がよみがえったというだけで、まだ何も聞けておらず、新たな情報もないので、話ができるわけもなかった。駐車場に車を止めた二人は、急いで病室に向かった。そこで、担当看護師である彼女に、
「被害者の記憶が戻ったそうですね?」
「ええ、でも、まだおぼろげなようですので、あまり長い間の事情聴取はきついかと思います。先生もせいぜい二十分がいいところではないかとおっしょっていました」
 と言われた二人の刑事は、
「ええ、分かりました。事故の話など聞いても大丈夫でしょうかね?」
「大丈夫だとは思いますが、ゆっくりしてあげてください。何しろ被害に遭ったのは、彼女なんですからね」
「ええ、分かっています。我々も心得ていますよ」
 というと、
「それを聞いて安心しました。よろしくお願いします」
 と彼女は言った。
「私、退室していましょうか?」
 とみゆきが言ったが、
「いや、いいよ、君がいてくれた方が安心だ」
 と、言ってくれたのは辰巳刑事、思わず顔が赤くなってしまうみゆきだった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 というと、まず服部刑事から話を始めた。
「この間は本当に大変でしたね。いろいろお聞きしたいことをなるべくきつくないようにしながら伺いますので、ゆっくりで結構ですから、分かる範囲でお答えいただければ幸いに思います」
 と服部刑事がいうと、
「ええ」
 と凛子は答えた。
「さっそくですが、事故に遭われた時、車が突っ込んできたと思うんですが、その時、咄嗟にでも結構ですが、何か見ましたか? 犯人の顔だった李、車にだったりですが」
 と訊かれて、
「あまりよくは覚えていないんですが、あの時、なぜか危ないという意識はあったんです。もしその意識がなければ、あのまま死んでいたかも知れないと、後で事故の様子を訊いて、正直そう思いました」
 事故の時のことを想い出しているわりには、さほど反射的な怯えがあるわけではない。怯えも感じさせないほどに記憶が失われているということなのか、それを想うと、辰巳刑事もいたたまれない気分になっていた。
「じゃあ、あの事故はまわりから見ていると、偶発的な事故だったと言われているので、きっとまったく知らない人が運転していたと思うんですが、まったく見覚えもないということなですね?」
「そうですね。でも、私、その人を見たような気もしたんです。気のせいかも知れませんが」
「どんな人でした?」
「車に乗っていたのは、運転手は女性でした。いや。女性に見えたんですが、危ないと思った時に見た運転手は男性だったようにも思えるんです。そして、助手席にはこれは完全に男性でした」
 と言われて、
「あれ?」
 と思わず、みゆきが口を出した。
 それを聞いて、服部刑事が思い出したように、
「確かみゆきちゃんの友達がその事故を目撃していたか何かで、助手席は女性だったと言わなかったかい?」
「ええ、私も今まで女性だとばかり思っていたのですが、そういえば、彼女が後から、実はそう思っていたけど、運転していたのが女性だったような気がするというんです。女性の方は帽子を目深にかぶっていて、まるで顔を隠しているようだったというんです」
 とみゆきがいうと、
「ええ、私もその感覚と一緒です。その顔ははっきりと見えなかったんですが、ハンドルを切る時の反射的な行動は明らかに男性でした。確か目だけ見えた気がしたんですが、冷たく光っていたような気がしました」
 と凛子が言った。
「ということは、角度によって、運転席の相手と、助手席に乗っていた人がハッキリしないというわけですね、確かに事故のショックで、車がクルクル回っていたという証言もあるので、そのあたりの記憶が曖昧なのも仕方のないことかも知れませんね」
 と服部刑事が聞くと、
「運転していた二人、何か訳アリの二人だったのかも知れませんね。顔を隠している素振りがあったり、あれだけの事故を起こしておいて、逃げ出すような輩なので、見つかっては困る立場の人だったのかも知れないですね」
 と言ったのは、辰巳刑事だった。
「でも、私、助手席に乗っていた男性、実は知っています。あれは、この間自殺したと言われた川島さんだったと思うんです」
「えっ? あの川島がこの事故に絡んでくるのかい? 君は川島とはどういう関係だったの?」
作品名:自殺と事故の明暗 作家名:森本晃次