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自殺と事故の明暗

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 その相手というのが、他ならぬ辰巳刑事だったのだが。もちろん、辰巳刑事も鈍感であり、しかも刑事という立場、恋愛感情など抱くはずもないと思っている辰巳には、まったく気づかれていない。そんな辰巳を好きな三雲に、三雲を好きな彼女、おかじな構図になっていた。
 みゆきはそんな彼女からいろいろ相談されていたが、いくらみゆきでも最初は姉に対しての同性愛など、想像にも及ばなかった。
 だが、みゆきの想像力はハンパなものではない。しかも、いくら高校生とはいえ、多感な時期であり、まだまだ思春期と言ってもいい時期、やはり他の世代の女の子よりも数段性に対しての感覚は鋭くなっているのだった。
 それでも、最初気付いた時は、
「まさか、そんな」
 と思ったものだ。
 しかし、彼女の真剣な目つきを見ていると、一方的な否定は失礼な気がした。
「同性愛者というのがいるのは知っているし、今の小説の中には、官能小説とは違ったところで、BL、GLというのが存在するのも分かっている。実際には読んだことはないけど、読みたいとも思わないけど、避けて通れないこともあるのかも知れないわ」
 と感じた。
「私って、おかしいのかしら?」
 と独り言ちていた彼女を見かけたみゆきは、
「そんなことはないわ。お姉さんが悩んでいるところを見ていると、私は何とかしてあげたくなる」
 とみゆきが言った。
「みゆきちゃんは、知っていたの? 私の感情を?」
「ええ、その感情の先は、なつみ姐さんなんでしょう?」
 とみゆきが聞くと、少し躊躇いがちに上目遣いで、
「ええ、そうなの」
 と、答えた。
「どうして、お姉さんに告白しないの?」
「だって、そんなこと死んでもできない。だから苦しいの。みゆきちゃんには悪いと思ったけど、それとなく自分の気持ちを話すことで、ストレス解消していたの。みゆきちゃんならまだ分からないだろうと思っていたけど、とんだ見当違いだったわね」
 と彼女は言った。
「そうね。でも、お姉さんも自分の高校時代を思い出してごらんなさいよ。多感で何にでも興味を持っていて、それよりも何よりも、まわりから知りたくもない話を聞かされたりしたことはなかった? まるで耳年魔になってしまうくらいに感じるのよ」
 とみゆきはいう。
「確かにそうだわ。私はその時の自分を思い出すということができなかった。みゆきちゃんをちゃんと見ているようで見えていなかったのね」
 というと、
「そうなのよ。そこなのよ。お姉さんも、今なつみ姐さんのことが気になって仕方がないんでしょうけど、ちゃんとなつみ姐さんのことを正面から見えていますか? お姉さんのことだから、目を背けていませんか? そこが一番の問題だと思うんです。相手に話ができないと思っているのは、そのあたりのわだかまりを感じているからなんじゃないかって私は感じています」
 と、みゆきは言った。
「そうね。その通り、あなたのお姉さんに憧れるばかりで、相手のことをしっかりと見ていなかったから、こんなことになったのよね。そういえば、私女性を好きになったのは、なつみさんが最初じゃなかったのよ。以前この病院にいた看護師の子だったんだけど、その子を好きになったことで、私は自分が女の子を好きになるタイプなんだということを思い知らされたの。これって、恥ずかしいことだと思うし、最初は直視できなかった。認めたくなかったというのが本音だったわ。でも、いろいろ文献を見たりしていると、私はやっぱり同性愛者なのかなって思う。だけど、男性が嫌だというわけではないのよ。男性への嫌悪から女性に走る人も結構いるみたいなんだけど、私の場合は違う。男性も女性もどっちも好きなの」
 と言っていた。
「私はお姉さんがちゃんと自覚をしているので、心配はしていないわ。後は、まず相手のことを考えること。それには自分だったらどうなのかということであったり、自分の経験から感じてみたりするというのも、結構いいことなのかも知れないわね。それが私は基本なんじゃないかって思うの。最初はまずそこからですね
 とみゆきはアドバイスした。
 年上の女性にアドバイスしても、そこに違和感はない。人によっては。
「なんで、こんな小娘に言われなきゃならないんだ?」
 と感じる人もいるだろう。
 かつて、みゆきが過去の事件解決へ、大いなる助言をした時でも、中には彼女を小娘呼ばわりして彼女を受け入れる気にならなかった刑事も少なくはない。
 今でこそ、そんな人は一人もいないが、あの管轄や縦社会に厳しい警察連中を信用させるのだから、みゆきとなつみの姉妹は、本当に素晴らしい姉妹なのであろう。
 そこには、
「自分の発した言葉に責任を持つ」
 という信念が二人に感じられたのが、一番強いのかも知れない。
「若干、未成年の彼女たちの、どこにそんな信念があるというのだろう?」
 というのが、皆の意見であり、信憑性も限りなく高く、二人は警察官皆に、受け入れられていた。
 そんなみゆきの助言は、彼女には十分すぎるくらいのものであった。
 ただ、彼女がその後なつみに告白できるかどうかというのは、この事件の物語からは、若干主旨が離れていることもあって、無理に言及することはやめておこう。読者諸君の想像に任せることになるのだが、決して悲惨な結末になることだけはなかった。
 何しろ相手は、あのなつみなのである。最初はビックリするだろうが、自分でしっかり彼女の気持ちを租借して自分の気持ちに照らし合わせ、相手の身になって答える。奇しくもみゆきが彼女に教えたやり方そのままを、なつみが示してくれた。
――やはり、二人は姉妹なんだ――
 と感じていた。
 みゆきが、今回、凛子さんを見舞いながら、看護師のお姉さんの相談にも乗っていたこのこと。これがみゆきに今回の事件の真相に近づくための、ワープゾーンであるかのように感じることになるのは、それからすぐ後のことだった。
 一見何ら関係のないことであっても、偶然なのかも知れないが、その偶然が、内容が奇抜であればあるほど、偶然が重なることもあるのかも知れない。アブノーマルな発想を誰も口にはしたくない。バカにされると分かっているからだ。口ではバカにしていないと言いながら、口にする相手ほど信用ができない相手なのかも知れない。
 彼女はそのことをよく知っていた。知っているからこそ、口にできない。彼女は自分の思いをため込んでおくということが苦手なので、その分、耐えられなくなることが多かった。
「どうすればいいんだろう?」
 と感じた時のために、今までも今回も、相談相手がいつも彼女のまわりにいたというのは、偶然というよりも、たくさんの知り合いの中で、どの人がそういう相手になりうるかということを即座に感じることができるという意味で、それが長所なのかも知れない。
 しかし、
「長所と短所は紙一重」
 と言われるではないか。
「長所と短所は背中合わせ」
 とも言われるが、その言葉はおおむね同じ意味に感じられる。
 つまり、長所のすぐそばに短所があり、一歩間違えれば、もろ刃の剣になってしまうという意味であった。

                  アブノーマル
作品名:自殺と事故の明暗 作家名:森本晃次