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自殺と事故の明暗

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 それは子供を産むということが、相当なる苦痛を伴いからだった。女であれば、その苦痛に差別なく、子供を産む時、誰もが苦しむのであった、
 そんな状態なので、女は潔い動物ではないのだろうか。男性のように、過去の楽しかったことを想い出すなどというのは、すでに通り過ぎたステップの中にしかない段階なのだ。それを想うと、女性を相手にした時の男性の弱さは、これほどみすぼらしいものはないのかも知れない。
 だが、それは一つの理屈であり、理屈を超越した力を、男は持っている。特に女に対して男は絶対的に強い力を持っていることで、相手を蹂躙できるのだ。
 だから、男性が女性を暴行するのであって、女性が男性に性的暴行を働くというのは、アブノーマルな世界でもなければありえないことだろう。
 失意に燃えた男は、
「もうどうにでもなれ」
 とばかりな、デスぺレートな行動に出る。
 それは、快感を貪るわけではない。気持ちよさを求めるものではないことで、却って苦痛を伴うものである。これは自分が求める欲求ではなく、相手に思い知らせてやるという自分の中の正義が、歪んだ感覚を生み出して、相手に苦痛を与えることで、今の自分がどれほど苦しんでいるかというとこえお思い知らせるというのが、その時の考えなのではないだろうか。
 女は当然抵抗する。今まで一番信じられると思った相手に裏切られたということに憔悴している場合ではない。自分も身は自分で守るしかないのだ。
 その瞬間的な感覚に入り損ねると、女性はその瞬間、身体から力が抜けてしまい、抵抗する力を失ってしまう。もう相手に抗うことなどできなくなり、惨めさと屈辱で、何も考えられなくなってしまうだろう。
 女が抵抗すればするほど、男は興奮する。黙ってしまった相手をゆっくり料理するという感覚は、一度抵抗されて興奮した状態でないと、なかなか陥らないだろう。
 相手が最初から抵抗しなければ、ひょっとすると我に返って、自分がしようとしたことに対して自責の念に駆られ、それ以上は何もしないのではないだろうか。
 この時に、凛子は抵抗しなかった。最初から、この理屈が分かっていたわけではないが、なぜか抵抗しなかったのだ。
 そのため、川島は急に虚脱感に襲われ。身体に力が入らなくなる。無意識に涙が出てくるがそれを拭おうともせずに、まっすぐに凛子を見つめていた。
 凛子は何も言わない。何を考えていたのか、今となっては分からないが、表情だけで判断するとすれば、哀れみだったに違いない。
―私って、どうして何もしなかったのかしら?
 と少しの間そのことを考えていた。
 だが、一日が経つと、そんなことがあったということが夢だったのではないかと思うほど、すっかり頭の中から、その時の感覚は消えていた。
 事実だけが頭にあり、その時々で何が起こり、何を考えていたのかを忘れてしまっていた。
「男が女を征服しようとしても、それは無理なこと。結局は、二人とも奈落の底に落ちるだけなんだわ」
 と、感じた。
 ただ、その思いを昨日のあの場面で感じていたとは思えない。今感じていることはあくまでも冷静になった今の頭で考えるからに相違なかった。
――一体何がどうしたというのか――
 そうずっと感じていたが、ずっとというよりも、ごく短い期間で無数に感じていたと言って方がいい。まるでストロボ写真か、連続写真のようではないか。
 川島は、別に女性にモテるタイプでも、女性に好かれることに執着を持っているわけでもない。そもそも、相手が女性であれば誰でもいいというわけでもなく、好きになる人しか興味がなかった。
 それは、他の人と何ら変わりのないところかも知れない。
「好きになった相手を、自分の手で幸せにしてあげたい」
 という思いは強い。
 その思いがあるから、相手のことというよりも、結局は自己満足のためだと言われても仕方のないところであろう。
 しかし、それを分かっていて認めたくない。このような自己顕示欲が強い人は、特に一つのことをまわりから否定されると、急に臆病になったり、自分の殻に閉じこもったりする。そのせいで、自分が今どこにいるのか分からなくなり、空気という水の中でもがき苦しんでいるのだ。
 ここでいう空気というのは、大気という意味ではなく、何もない空間というのを意味する。一種の虚空と言ってもいいかも知れない。
 それにしても、一体何が川島を自殺に追い込んだというのだろう? 臆病者で、自殺など考えられないとまわりから思われているほどだったことで、まわりの人はきっとゾッとしたに違いない。
「あの人が飛び降りなどという大胆なことができる人だったとすると、自分たちが人を見る目が間違っていたということになり、絶対に大丈夫と思うような人に対してでも、危ないことは言えなくなってしまう」
 と感じたからだ。
 そういう意味で、
「一番臆病なのは誰でもない。自分なのかも知れない」
 と思ったとしても、間違いではないだろう。
 遺書がなかったのも、彼の臆病が招いたことであろう。
「もし、急に度胸がなくなって、、やめてしまうようなことになったら、遺書を書く意味がなくなる」
 という思うもあっただろうが、それよりも、
「遺書を書いたことで、急に臆病風に吹かれて、自殺自体を思いとどまるかも知れない。一度思いとどまったら、きっともう二度と自殺を感じることはないだろう。人というのおは、そう何度も死ぬ勇気を持つことはできないというではないか」
 と感じたからだった。
 だが、死ぬ勇気を何度も持てないというのは、その都度真剣に死のうとするからだった。臆病者で有名な川島に、本当にその時、死ぬ勇気などあっただろうか。
 ひょっとすると、屋上まで行って戸惑っているうちに、その気はなかったが、足を踏み外したか何かで、転落してしまったのかも知れない。間抜けではあるが、それくらいのことがないと、死にきれなかったのではないだろうか。
 自殺する人に勇気という言葉を使いたくはないが、この男が自殺をしたという事実は。もし不慮の事故だったということを加味すれば、
「度胸を持って死んだ」
 ということにしておいてやろうという気にもなるだろう。
 彼が死んでも、実際に悲しんでいる人がいるのかそうか。それも怪しいものだった。
 彼の家に報告した時も、両親はさほどビックリしているような感じはなかった。むしろ、どちらかというと、
「死んじゃったんだ」
 という意外だという方が強かった。
 事故や病気、そして誰かに殺されたわけでもない。
「もし彼が何かで死ぬとすれば、一番可能性が薄いのは、自殺だはないだろうか?」
 と、誰もが感じるそんな人物が川島だった。
 臆病者は、自分のまわりの人間にも優しくない。それが凛子に対しての思い出もあった。彼の自殺に凛子が関わっているのかどうか分からないが、凛子もひき逃げというひどい目に遭っている。
「世の中というのは、これほどまでに、卑屈な人間に厳しいものなのだろうか?」
 そんなことを考えてしまう。
作品名:自殺と事故の明暗 作家名:森本晃次