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自殺と事故の明暗

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 と言われた五十嵐巡査は、
「ええ、ここ三日ほど前には、ひき逃げ事件もこの近くであったんです。犯人は出頭してくることもなく、今捜査中のようですが、結構悪質なんじゃないかって思っています」
「被害者の人はどうなったの?」
 と聞かれた五十嵐巡査は、
「病院に搬送されたんですが、集中治療室に運ばれて、今も意識不明の重体だということです。あれも痛ましい事件でした」
 と、しみじみ語った。

                   ひき逃げ事故

 その事件というのは、三日前に発生した事故だった。
 時間的には、まだ夕方の通勤ラッシュが始まる前の時間で、それでもそろそろ交通量が増えるのではないかと思われる時間だった。F市のベッドタウンでもあるこの街も、交通量は結構多く、ちょうど中学、高校の授業が終わってから少ししてくらいだったので、歩行者の数も多かった。
 それだけに、ひき逃げなど一番起こりそうもない時間帯に思えるのだが、実際には起こってしまった。そういう意味では目撃者も複数いた。だが、それが却って捜査を難しくしたというのも事実であった。
 ひき逃げが起こった場所というのは、比較的大きな交差点で、片側二車線の道路が行きかう交差点だった。
「かえで交差点」
 と呼ばれている交差点で、どちらかというと、東西に延びる幹線道路の方が信号は長かった。
 東西の歩行者信号が赤になり、そして車用の信号が黄色から赤に変わるのだが、その間隙を縫うように、一台の車が中央線を割り込んで、案割り込むように猛スピードで直進してきた。
 本当は、赤になっても、右折の車があるので、南北の信号が青になるまでには余裕があるからの行動だったようだが、その車は右折の車があることを知らなかったのか、意識していなかったのか、普通に右折信号が変わるのを待っていた右折車が前に出ようとしてことで猛スピードで直進しようとした車はビックリして急ブレーキをかけた。しかし、こんなところでの急ブレーキほど危ないことはない、完全にハンドル操作を誤って、歩道近くまで突っ込み、その場にいた人は数人いて、蜘蛛の子を散らすように逃げたのだが、運悪くその人だけが逃れられなかったのだ。
 逃れようとしたのだが、ちょうど中心部にいて、実際に何が起こったのか分からないまま皆が逃げ出したので、一人取り残された結果になった。
 その人を跳ねた車は。そのまま逃走した。自分の車が人にぶつかっただけで、まわりのどこにもぶつからなかったことで、ほぼ無傷だったようだ、
 この間、ちょうど一分くらいの出来事だったようだが、一気にその場はパニックになった。当然救急車が呼ばれ、警察も駆けつけてと大騒ぎになった。近くの防犯カメラの映像から、容疑者の車の車種や色までは確認できたが、防犯カメラで車のナンバーまでは確認できなかった。
 物損ではなかったが、人を跳ねた勢いは激しかったようで、跳ねたその勢いで、車のナンバープレートが手前に歪んでいた。角度のせいもあってか、テイル部分のナンバーが確認できなかったことで、防犯カメラによるナンバーの特定は無理だった。
 それならばということで、目撃者に事情聴取を行ったが、皆部分的にしか覚えていなかった。何しろいきなりのことで、皆命からがらだったという状況でもあり、実際に目の前で悲惨な事故を目撃したのだから、気が動転したとしてもしょうがないだろう。
 それでも、数人は犯人を許すまじと感じたのだろう。意識的にか無意識になのか、ナンバーの一部を覚えていた。しかし、その記憶はあまりにも曖昧で、矛盾した意見も散見された。
「せっかくの証言だったのですが、あまりにも証言に食い違いがあったので、証言としてはとても信じられるものではありませんでした。当然車を特定することはできず、今も犯人は捕まっていません」
 と五十嵐巡査は説明してくれた。
「ああ、その事件ね。署でも話題になっていたよ。とにかく被害者がかわいそうで、意地でも犯人を捕まえるんだと言って鼻息の荒い刑事もいるよ。私もその一人ではあるんだけど。捜査は確かに難航を極めているよね。今は被害者の方が、無事に意識を取り戻してくれるのを願うだけだということですね」
 と辰巳刑事は話した。
「捜査の方はどうなっているんですか?」
「証言が曖昧で、しかも防犯カメラの角度が悪いので、とても捜査に使えるものではないということで、今は新たな目撃者探しをしているよ。目撃者と言っても近くを走行していた車だね。そこにはドライブレコーダーを積んでいる車があれば、角度によっては、ナンバーが確認できる映像が残っているかも知れない。そのあたりから捜査をしているんだ。何しろ大きな交差点なので、交通量も多い。そうなると、同じ時間に毎日走っている人だっているだろうからね」
 と辰巳刑事は言った。
 今では車にドライブレコーダーを載せている人が増えてきた、それは数年前から問題になり始めた、いわゆる、
「煽り運転対策」
 であった。
 煽り運転というのは、普通に運転しているつもりでも、同じ方向に走っていて後ろにつけている車が、何か気に入らないことでもあったのか、一気に車間距離を詰めてきたり、クラクションを鳴らして、嫌がらせをしてくることだ。中には相手の車を止めて、相手に暴言を吐いたり、暴行を働いたりする。そんな時に自分を守るための方法として、証拠を残すという意味で、車に防犯カメラという意味で、ドライブレコーダーを積む人が増えているのだ。
 昔から煽り運転の類はあったのだろうが、ここまでひどいことはなかったはずだ。何が時代をこんな風に変えたのか、実に悲惨なことになっていた。
 しかし、世の中というのは理不尽に面白いことになっている。煽り運転がなくても、便利性や事故に遭った時などの証拠のために開発されたドライブレコーダーなのだろうが、煽り運転などの証拠に使用されようなど、開発者、いや、最初に使用し始めた人にそんな思いがあっただろうか。
 それぞれで勝手に進化してきたことが、別の意味で結び付く。これを、不謹慎なのかも知れないが、
「理不尽な面白さ」
 と表現して、何が悪いというのか。
 それを思うと、複雑な気持ちになってくる。
 ただ、事故からまだ三日しか経っていないということもあり、歩行者の証人を探すようなわけにもいかず、捜査は難航していた。何と言っても、走っている車を止めてまで、聴取するわけにはいかないからだ。
 それでも、それ以外に捜査のしようもなかった。今のままでいけば、犯人を特定することは難しい。
 跳ねられた人は、一人の女教師だった。年齢は三十歳になったくらいだっただろうか。まだ独身で、彼氏はいたようだが、お見舞いに来ることもなかった。
 もっとも、来ても意識不明なので、話をすることもできない。二人が付き合っていたことはまわりはほとんど知っていたので、お見舞いに一度も行かないというのは、さすがにおかしな気がした。
 田舎から出てきて、一人暮らしをしながら教師をしていたというが、両親は離婚していて、母親だけに連絡がついて、事故の翌日には病院に姿を見せていた。
作品名:自殺と事故の明暗 作家名:森本晃次