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自殺と事故の明暗

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「いいえ、ちょうど第一発見者の方が、元看護師の方だったようで、それで診てもらいました」
「女性の方だったのかい?」
「ええ、かなりすごい惨状だったのに、最初こそ、気持ち悪がって、近づけない様子でしたが、すぐに我に返って、脈を診てくれたりしました。そこで、その人が元看護師だと思えてもらいました」
 と言われて、辰巳刑事は改めて、死体のそばから空を見上げた。
 ちょうど飛び降りたであろうと思われるそのマンションの屋上は、下から見上げても、相当の高さが感じられた。高いところから下を見下ろす方が、下から見上げるよりも数倍遠くに見えるものであることを分かっている辰巳刑事は、思わずため息をつかずにはいられなかった。
 すでに非常線が張られ、まわりには野次馬が集まってきていた。警察の鑑識も到着していて、どうやら、マンションの屋上を見ているようだ。
 それはそうだろう、死体は下にあると言っても、最後になってしまった場所は屋上だからである。
「五十嵐君は上に上がってみたかい?」
「いえ、辰巳刑事をお待ちしておりました」
 というのを聞くと、
「じゃあ、下にいる間に、第一発見者の方に話を聞いてみようか」
 と辰巳刑事がいうと、
「ええ、今待たせておりますので、呼んできましょう」
 というので、
「いや、こちらから行こう。また死体を見せるのは、いくら元看護師で慣れているかも知れないとはいえ、気の毒だ」
 と、辰巳刑事は第一発見者の人に気を遣ったのだ。
 人ごみの向こうで、第一発見者の女性が、鑑識の人と話をしていたようだが、辰巳刑事が来たのを見て、
「ご協力ありがとうございます」
 と言って、その場を辰巳刑事に渡してくれた。
 その鑑識の人は見覚えのある人で、今までの事件でも何度か一緒になったことがあったのだろう。
「大丈夫ですか? 何度もお聞きするかも知れませんが、これも職務ですので、申し訳ございません」
 と言って、辰巳刑事は彼女に頭を下げた。
 その姿を見て、
「辰巳さんですよね?」
 と思わず名前を呼ばれて辰巳刑事はビックリした。
「あ、はい。でもどうして私を?」
「私は以前にF大学附属病院で看護師をしていたことがあったんです。その時、辰巳刑事を何度かお見掛けしたことがあったんですよ。こうやって直接にお話しすることはございませんでしたが」
 と彼女は言った。
「そうでしたか、看護師をお辞めになっても、こんな事件に遭遇するなんて、お気の毒に思います」
 と辰巳刑事がいうと、
「いえ、こうして辰巳刑事にまたお会いできたのだから、私、嬉しいくらいですよ。あっ、こんな場面で嬉しいなんて言ったりしたら不謹慎ですかね?」
 と彼女は戸惑った。
「いえいえ、嬉しいと言っていただけたことは、素直に喜んでいますよ。嬉しいです」
 と言って、辰巳刑事もまんざらでもないかのように、ニコニコ顔である。
「何でも聞いてくださいね。辰巳さん」
 と彼女は辰巳の顔を見つめていた。
「まずお名前をお聞きしていいですか?」
「私は、柊三雲といいます。年齢は二十五歳です。今はパートで近くのスーパーに勤めているんですが、今日はお休みだったので、休みの日の日課なんですが、散歩に出かけて、このような場所に出くわしたというわけです」
「その散歩というのは、いつも同じコース、同じ時間なんですか?」
「コースはほとんど同じですけど、時間は変わります。でも、同じ季節であれば、そんなに変わることはありません。冬は真昼で、夏は日が暮れるか暮れないかというくらいの時間になりますね」
「じゃあ、昨日も同じくらいの時間だったんですか?」
「ええ、そうですね」
「昨日までは何も変わったことはなかったということですね?」
「ええ、そうです」
「私が思ったのは、自殺を試みて、一回で成功するというのはかなりの勇気のいることだと思うんですよ。でも、逆に言えば、一度できなかったら、次はそう簡単にできなくなるものだとも言えるので、上にはいなかったと思うんですよ。それで、下から上を覗いていたんじゃないかと思ってですね」
 と辰巳刑事がいうと、
「そうですね、自殺された方の思いつめたような表情が頭に浮かんできそうですね。ただ、俯せだったので、その顔は分からなかったので、今でもあの方が誰なのか分かっていません」
 と、三雲は言った。
「あなたは、あの人が飛び降りた瞬間はごらんになっていないんですよね?」
「ええ、落ちた音しか聞こえませんでしたので、何が起こったのかお分かりませんでした。ドカンという音がしたというのは、それが人が落ちたという事実を見たからなのではないかとも思ったのですが、後から思うと、ドカンというよりも、グシャという音だったような気もします。関節が砕けるようなそんな音とでもいえばいいのか、見た目は綺麗に俯せになっていますが、実際には跳ねたりしているかも知れないと、後から感じています」
「なるほど、でも何と言っても、空から落ちてきたようなものなので、即死なのは間違いないんでしょうね?」
「私はそうだと思います。空中でショック死している可能性もあるんじゃないかと思いますね。自殺する人はそのことまで分かっている人もいると思うんですよ。本当に高いところから飛び降りるのは、下手に生き残りたくないという思いがあるからなんでしょうが、せっかく死のうというのに生き残りたいという矛盾や、もし生き残りでもして、その後の人生を後遺症とともに生きなけれbあいけないのであれば、何のために自殺をするのかということですよね。死のうと思ったことへの矛盾をどう考えるかということと、全身打撲の前に死にたいという思いとが交錯しての高所からの飛び降りなんじゃないかって思います」
 と、さすが元看護師と思わせるような発言だった。
「でも、私などが考えると、もし下を誰かが歩いていたりしたらって思うんですよ。今の柊さんのお話で考えると、確実に死にたいという思いがあれば、下に人がいると困るわけですよね? ショックが和らげられて、死にきれない場合もないとはいえない。確かに今言われたように、上空で息絶えているのであれば、その問題はないのでしょうが、万が一死にきれていなければ、人に当たって、お互いに重症になったりする場合もないわけではないと思うんですよ」
 と辰巳刑事がいうと、
作品名:自殺と事故の明暗 作家名:森本晃次