短編集109(過去作品
男の場合は、恐怖感の方が強いだろう。いくらそそのかされているとはいえ、実行犯である。ことが公になれば自分の罪になるからである。それでも実行しようというのは、それだけみゆきに惚れているからであろう。それも身体だけの気持ちではなく、心までみゆきに許しているのだろう。
だが、それが正常な神経からなのか分からない。女王様的な雰囲気を持ったその時のみゆきという女の忠実なしもべとしての男だったのかも知れない。そのことは状況からだけでは分かるはずもなかった。
「いや、やめて」
大声を出して抵抗した。何をどのようにして抵抗したのか分からないが、傷一つ食らうことなくその場から逃げ出せたのは、不幸中の幸いだった。結局、みゆきの計画は鈍座したのだったが、相手の男も一安心かも知れない。
友子はどこをどう通って家まで帰りついたのか分からないが、家に帰りついた時には落ち着いていた。感情が麻痺していたのか、気持ちの中の奥の方に氷のように冷たい何かが存在しているのは分かっていた。
シャワーを浴びるが、汚れているはずのない自分の身体を鏡で見ながら必死にシャワーを落としている。
――一体私に何があったの――
そう心の奥で叫びながら、鏡の中の自分を凝視していたに違いない。・
みゆきがそれから友子に近づくことはなかった。シャワーを浴びながら、そのことだけは分かっていたのは、想像よりも意識がしっかりしていたからだろう。何もなかったとはいえ、衝撃的な恐怖が襲いかかってきたことだけは事実である。友子の心に大きな影を落としたことは間違いない。
そのことを知ると、最初静雄は友子を抱いていいものか悩んでいた。友達としてなら抱くことができるが、それでいいのか分からない。友子も静雄に遠慮していたようだが、ある日、静雄の部屋を訪れる。
萩で出会った時に見た友子の表情を思い出していた。無表情ではあったが眼差しだけが鋭く、
――いい友達にはなれそうだ――
と感じていた。
女友達から妬まれるような性格だったのかも知れない。男とは友達になれるが、女性にはどこか近寄りがたいところがある。そのくせ、友達と思った男性を女性として近づけないところがある。それを取り除いてやらなければ、彼女の本当の姿が見えてこない。
その夜静雄から友子は抱かれたが、すべてを承知しているもの同士、裸になることで隠すものもなく、気持ちをぶつけ合っていた。動物のような本能で貪りあっているが、思ったよりも冷静だったのは、友子も静雄を友達として見ていたからだろう。
次の朝、目を覚ました二人に待っていたのは、昨日とまったく同じ心境で目を覚ましたことだった。それは夢のようなもので、どちらが夢だったか、分からない……。
( 完 )
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次