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短編集109(過去作品

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 という防衛本能が働いているに違いないが、何の防衛なのかは、その人それぞれで違うであろう。
――中には好きな人がいるかも知れない――
 そんなことを感じさせる女性がいることも事実だ。
――何とか気持ちを隠そうとしているようだが、隠そうとするから却って目立つんだな――
 と思えてならない。
 そういう意味では友子は違っていた。
 元々旅先で出会ったわけではなく、旅先で見かけたという印象があり、その雰囲気の深さにしばし見とれていた経緯があった。
「あの、私の顔に何かついてますか?」
 声を掛けられビックリした。
 喫茶店でコーヒーを飲んでいた。普段立ち寄る喫茶店というわけではなく、たまたま地立ち寄った駅前の喫茶店、指定席があるわけではなく、初めての席である。今までに何度か入ったことはあったが、いつも席はバラバラだった。
 まず人が密集しているところには座りたくない。空いていれば少しでも人から離れたい。店内を見渡せるところがいい。窓際が空いていなければ壁際から窓の向こうを見れるところを選ぶ。
 その日は窓際が空いていなかった。壁際に座って窓の向こうを漠然と見ていたのだ。
 雨が降っていて、駅前から降りてくる人のカラフルな傘の花を見つめている。昼下がりだったので、それほど数も多くなかった。
 その日は平日だったのだが、静雄は休みだった。休日出勤の振り替え休日で、朝から寝坊としゃれ込み、起きた時間が中途半端、起きてからまともに出かければランチタイムに差し掛かるので、少し時間をずらして出かけてきた。喫茶店には二時前くらいに着いたであろうか。
 案の定、喫茶店は人がまばらだった。駅前の喫茶店ということで、近くにある会社の連中が昼休みともなれば、どっと押し寄せることは目に見えていた。一時が近づくほど多くなると考えたのは、アフターコーヒーを喫茶店でと思う人が多いのではと思ったからで、意外とそういう勘は鋭かった。
 席に座ってコーヒーを注文する。本当はお腹が空いているはずなので、何か食べ物をと思ったのだが、一旦あった空腹感を通り越してしまっていた。メニューを見ると食欲が急に萎えてきたのを感じた。今までにもなかったことではない。
――この時間に何か食べるのも中途半端だな――
 夕食のことまで考えるのも静雄らしいと言える。
 人にとってはどうでもいいように思えることを、静雄は意外と重視するところがある。それは人からも言われたことがあるが、皮肉の篭った言葉に響いた。
「気がつかなくてもいいことには敏感なんだな」
 苦笑いをしているが、お互いにまんざらでもなかった。そのことを指摘できるということは、自分への自覚があるということで、人に言えるだけ意識しているからに違いないだろう。
 コーヒーのおいしい店には造詣が深く、本当はもう少し行けば、自分の味にあう喫茶店があるのだが、なぜかその日は駅前の喫茶店に寄った。
――別に後から行ってもいいんだ――
 その日、午前を過ぎてしまい半日を無駄に使ったという意識はあるが、何もすることがないこともあって、何もかもが中途半端だった。
――きっと今日一日は長く感じるに違いない――
 この喫茶店に、一時間以上いるということもないはずであった。本でも持っていて読書をしていれば一時間などあっという間のはずなのに、その日は何も持たずに出かけてきた。
 いつも行くおいしいコーヒーを出してくれる喫茶店の近くにはリサイクルブックの店があり、そこに寄ってからコーヒーを飲みにいくので、その日の計画にはそこまでは入っていた。
――やはり、ここは一時間だな――
 レジの近くには新聞の棚があり、スポーツ新聞や、朝刊が置かれていた。それを取ってきて見てもいいのだが、なぜか席を立つ気にもなれなかった。思わず店内を見渡していたのである。
 友子と出会ったにはそんな時だった。
 時々、焦点が定まらず、自分でもどこを見ているのか分からなくなることはある。その時は何を聞かれても瞬間、記憶を失ってしまっているだろう。
 前を見ながら何かを考えている。見えているはずで、考えていることは見えているものを加味しているはずなのに、改まって我に返ったり、人から話しかけられると何を考えていたのか分からなくなるのだ。
 それは静雄だけに限ったことではないはずだ。
「あれ? 何をしようとしていたのだろう?」
「若いくせに健忘症か?」
 と言われることはあるが、
「考え事をしていたからだよ」
 と言うと、言い訳のように聞こえるに違いないが、それ以外の何者でもない。
 言い訳をすることが悪いことであることは子供の頃から一番きつく言われていたことだ。特に男が言い訳をするなど、女々しい行動だと言われて、子供心に、いけないことだと思っていたのだ。
 普段からの静雄は、一つのことに集中すると、まわりが見えなくなることが多い、気になることがあると、考える神経がどうしても偏ってしまって、他のことが上の空になってしまう。そのため焦ってしまうことも日常茶飯事で、慌てる姿を人に見せてしまう。だが、それでもミスをする時は、慌てている時ではなく、むしろ落ち着いている時が多かったりするから不思議だ。
 人が見ると、
「落ち着きのないやつだ」
 ということになるのだろうが、本人からすれば、
「落ち着いてする方が却って間違いの元になる」
 と言いたい。実際に学生時代はそれで通してきたのだが、社会人になってからは、そうも行かない。ミスをすれば何を言ってもすべてが言い訳にしかならないからだ。
 なるべく落ち着く時間を取りたいと思うようになったのは、社会人になってからだ。学生時代にも思っていたことではあるが、普段から落ち着いてできるのだから、改まって思う必要もない。さらには、社会人になってからの方が、落ち着いた時間のありがたみを身に沁みて感じることができることを分かっていたとも言える。
 喫茶店に寄るようになったのも、その気持ちの表れである。新入社員の頃は休みの日にしか寄っていなかったが、二年目になると、仕事の帰りにも寄るようになっていた。馴染みの店は持っているが、時々馴染みではない店に寄りたい衝動に駆られることもあった。
 却って休日にわざわざ出かけることもなくなっていたのだが、その日は、いつも読んでいる本が終わったこともあって、駅前まで出てきたのだった。
 喫茶店の窓から外を見ている時は何気ない気持ちだったにもかかわらず、目の前に現れた女性が友子であると気付くと、それまで何を考えていたのか思い出せるような気がしていた。奇しくもその時頭の中には、社員旅行で訪れた萩の街を思い起こしていたからだ。
 偶然が自分に及ぼす影響の深いことを今まであまり気にしたことはなかったが、偶然が人を好きになるきっかけになるであろう予感を感じたのはその時が最初だったと後になって感じるような確信めいたものがあった。
 思い出の中で、
――この人は永遠だ――
 と感じていたのかも知れない。
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次