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短編集109(過去作品

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 どこか現実的なところが恵美にはあるのだが、そんな光景を思い浮かべることができるようになったのは、田舎の生活と都会の生活の両方を知るようになったからであろう。
 それもやっと都会の生活に慣れてきて、以前からずっと都会に住んでいたように思えるようになってくると、今度は田舎での生活が夢まぼろしではないかとすら思えてきた。
 だが、夢には田舎の生活が頻繁に出てくる。
――田舎の生活に憧れているなんてことないはずだわ――
 と頭の中で打ち消してみるが、なかなか消せないのが現実である。見てしまった夢をすぐに忘れてしまうのだが、ふとしたことでその日のうちにどこかで田舎の生活がくっきりと脳裏に浮かんでくる。そんな時に夢を見たことを思い出すのだ。
 都会に出てきて気になるクラスメイトの男の子、彼はいつも一人でいる。友達がいないわけではないのだが、気がつけばいつも一人なのだ。
 すれ違う時には、彼の方から頭を下げてくれる。自分だけを意識しているのかと最初はドキドキしたものだが、よく見るとみんなに頭を下げている。
――当たり前よね――
 とドキドキしてしまった自分を恥ずかしく感じるが、そんな自分をいじらしくも思うのだ。
 中学に入れば男の子を意識するようになると思っていたが、どんな気持ちになるのかピンと来なかった。小学生の頃にませた女の子はすでに男の子を意識していて、時々ソワソワした素振りを見せていた。
――男の子を意識するというのは、臆病になるのかも知れないわ――
 と感じたが、中学生になって男の子を意識し始めると、その気持ちの半分は分かってきたように思えた。
 臆病になるというよりも、男の子を意識することで、自分の中の気持ちが偏ってしまって、それ以外のことが上の空になってしまうことが怖かった。その意識は現実的なところがある恵美だからこそ感じるものなのかも知れない。他の女の子は純粋に好きになった男の子のことしか見えていないように見えるからだ。
 どちらがいいのか恵美には分からない。ただじっと自分の世界にだけ篭ってしまって、現実を見ないことだけはいけないことだという意識があった。そんな時に浮かんでくるのはまず母親の顔で、その次に兄の顔だった。
――お母さんは、何かに悩んでいて、時々頭が痛くなるんだわ――
 と思っていた。
 恵美も最近は、時々頭痛がしてくる。薬を飲むところまではないのは、頭痛がしても、いつも三十分もしないうちに必ず治るからだ。三十分というと母親が、
「もう大丈夫よ。薬を飲んだから」
 と言って治るまでの時間である。その間に治るのであれば、当然薬を飲む必要もないだろう。
 頭痛と一口に言っても、人によって痛みは当然のごとく違う。チクチクという痛みから、どこが痛いのか分からないほどに全体に痛みが広がったような苦痛もあるだろう。恵美の場合はチクチクとした痛みで、指先が痺れたように感じることがあった。頭痛が発端なのだが、頭の痛さよりもそれに伴った指先の痺れがさらに頭痛を誘発すると思っている。三十分で治らなければ、少し厄介かも知れない。
 女性の場合は、一月に一度の月経があるが、それに伴っての頭痛もある。しかし、指先の痺れを伴う頭痛は月経の痛みとはまったく違うものだ。同じ感覚があるとすれば、身体が全体的に重たく感じることだろう。
「身体が重たいわ」
 これは母親が田舎にいる時に時々訴えていた症状だった。そんな時も薬を飲んでいたが、都会に出てからのように、台所の椅子に座って一人で頭を抱えているような姿を見たことはない。
 すぐに治ったような雰囲気はないのだが、顔色はさほど悪くない。薬を飲むとしても、種類が違ったのではないだろうか。
 父親も同じ種類の薬を飲んでいた。薬を飲むと落ち着くようで、それまでイライラしていても、すぐに眠くなって寝てしまうこともあった。母の場合は、それほど睡魔が襲ってくることもなかったようだが、人によって起こる作用は違うようだ。
 性格的なものだということは子供ながらに感じていた。どういう性格がどういう賞状になるのかということまでは特定できなかったが、両親を見ていると、見えてくるものもあった。
 田舎にいる時、恵美は三つ編みをしていた。母親が綺麗にしてくれていたのだが、田舎では似合っていただろう。中学に入ってからは、ストレートの髪を肩まで伸ばしていたが、それが妙に大人っぽく見えたようだ。
 中学二年生の時に、クラスメイトの男の子に告白されたが、その時はさすがに戸惑ってしまって、最初は断ってしまった。
――本当は断るつもりなんてなかったのに――
 それから気まずい雰囲気になってしまうことを懸念していたが、相手は恵美が思っていたよりずっと大人だった。なるべく意識しないようにしていてくれた。
 そんな彼を今度は恵美が好きになった。
「まだ、私のことが好きなの?」
 素直に自分から好きだと言えないところが自分でも天邪鬼ではないかと思っていた。
――私って、可愛くない女なんだわ――
 と思ったが、それも彼は分かっていたようだ。素直に受け入れてくれた。
 彼ができてからの恵美はしばらく有頂天だった。都会の生活にこれで完全に慣れたような気がしていた。それまで友達はいるが、どこかで一線を引いていたように思っていたのは、田舎者扱いされたくないという無意識な思いが強かったからだ。
 彼ができてしばらくすると、恵美は自分が臆病になってくるのを感じた。
――毎日が充実しているはずなのに、どうしてなのかしら――
 時々、不安になることがあり、その回数が増えてくる。会っていると安心するのだが、その日、別れる時にとても不安になる。
――今度同じような気持ちで果たして会えるだろうか――
 それは相手に感じることなのか、自分に感じることなのか分からない。
 一緒にいる時間が次第に大切に感じられる。最初から大切なのだが、一緒にいない時間を意識することのなかった時とは、明らかに違ってきている。そこに不安が募ってくるのではないだろうか。
 不安が募ってくると、最初は分かっていたはずの不安の原因が、次第にぼやけてくる。自分に自信が持てなくなってくるからなのかも知れないと恵美は思う。
 不安はうちに秘めるものなのに、うちに秘めていると苦しくなって、表に発散させないと耐えられなくなり、かといって人に当たるわけにもいかない。それが恵美にジレンマとなって襲い掛かる。
 成長過程ではよくあることなのかも知れない。身体とともに精神も成長していく。そのことを自覚できないのは皮肉なことであるが、後から思えば、それを成長だと思える日がくるはずだ。
 恵美は不安に駆られていた。それがどこから来るものなのか分からない。
 ただ、一緒にいる時間よりも、離れている時間が長く感じられるようになると、不安が大きくなってくることだけは分かってきた。
 恵美にとっての時間が長く感じられるようになる。一日一日が次第に長く感じられるのだが、一週間はあっという間に過ぎてしまう。
 しかし、彼と会えるまでの時間は果てしなく長いように思えるのは、その気持ちを一日一日でリセットしているからだということに気付いていなかったからかも知れない。
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次