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短編集109(過去作品

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服毒



                服毒


 薬は飲むとくせになるというが、本当にそうなのだろうか。副作用があるとよく聞くが、最近ではそれほどでもないとも聞く。どれほど医学や薬学が進歩しているのか分からないが、薬に含まれる成分が漢方でもない限り、副作用はついてまわることだろう。
 最初、恵美も副作用が気になっていた。特に学生の頃というと成長過程にある身体、特に女性は自分で考えているよりも成長が早いため、なかなか頭が追いつかないことが多い。身体の変調を感じながら、
「薬なんて飲んでいいのかしら?」
 と不安に感じている人も多いに違いない。恵美もその一人だった。
 彼女の友達のお兄さんに、薬剤師を志している大学生がいた。時々遊びに行くと、玄関先で出合ったりすることもあった。
「こんにちは」
 優しく挨拶をしてくれるが、その時に薬の臭いを感じてしまうのは気のせいであろうか。それ以外ではほとんど話をしたことがないが、友達にとっては自慢の兄だということだ。
「お兄さんね、今度大学の研究室で研究チームの中で、学生の代表になっているんですって、これってすごいことよね?」
 よく分からない相手に同意を求めても仕方がないのに、求めてしまうということは、それだけ手放しに嬉しいのだろう。恵美としても、喜んでいるところに水を差したくないので、
「ええ、そうね」
 さりげなく受け答えを行う。こういう時に悪戯に刺激してもどうにもならないことは分かっているからだ。本当は、いい加減な受け答えは苦手な恵美なのだが、彼女に限ってはそれでも構わなかった。むしろ彼女のおかげでさりげなく受け答えができるようになったといっても過言ではない。
 薬を飲むことは子供の頃からあまりなく、家には常備薬がずっと使われずに置かれていた。親もあまり薬を飲む人ではなく、特に父親は医者嫌いであった。
 医者嫌いのくせに頭痛持ちで、よく頭を抱えているのを見た。そんな時に話しかけようものなら、
「うるさい、あっちに行け」
 と言われるのがオチで、それ以上会話になろうはずもなかった。
 そんな時の家は、凍りついたように冷え切っていて、自分の居場所がそこにないと感じるほどである。それだけ父親の一言は影響力が強いということをそんな時に思い知らされるなど、実に皮肉なことである。
 父親の威厳の大きさは、女の子だから余計に分かるのかも知れない。女の子は父親を意識するというが、恵美も意識していた。他の人が意識するイメージとは少し違っていて、恐怖を含んだ意識であった。
 恐怖と言っても、暴力のような恐怖ではない。威厳が強すぎて、自分の中で整理できないところがあるのが一番大きいと思っているが、昔ならいざ知らず、威厳の大きさが果たして理想の父親像なのかという疑問があるのも事実である。
 母親は、父親の意見を素直に受け入れ、自分の意見をあまり口にしない。元々口数の少ない人で、人に逆らうことを知らずに来たのであろう。自分が受けてきた教育自体がそうだったのかも知れない。
――父親に逆らってはいけない――
 そんなトラウマが小さい頃から芽生えていたとしたら、今の母親は何十年後かも自分を見ているようで、少し怖くもなる。それが、大きな意味での父親を見る恐怖心に結びついているのかも知れない。
 父親とは逆に、母親はよく薬を飲んでいた。それも家にある常備薬を飲んでいたわけではない。自分用の薬を持っていて、それを飲んでいたのだ。
 ほとんどが胃薬だったようだ。人に気を遣ったりすると胃が痛くなるというのを知ったのは母親が胃薬を飲んでいるのを見たからだ。
「お母さん、時々胸を押さえて薬を飲んでいるんだよ」
 と兄に聞くと、
「あれはお父さんに気を遣って胃が痛くなるからさ」
 と教えてくれた。
 恵美には三つ違いの兄がいた。小学生の頃などは、かなり年上に感じたもので、いつも兄の背中を見ていたように思う。もし兄がいなければ、両親をどんな目で見ていたのだろうと感じると、少し怖い気もする。
 恵美は兄を慕っている。兄もそれを意識していたに違いない。妹思いのいい兄に違いない。まわりもそれは分かっていた。
「あそこの兄妹は仲がいいわね。お兄ちゃんが優しいから」
 という噂も聞こえてくる。
 その噂は恵美にとって嬉しいものだった。こそばゆい感じもしてくるくらいで、まるで自分が褒められているような気分にもなっていた。
 恵美は、慌て者である。何をするにもすぐに慌ててしまって、気がつけば何をしようとしていたのかすら忘れていることも多い。そんな時に諌めてくれるのが兄だった。
「恵美は慌て者だからな」
 それが口癖だった。他の人から言われるのは腹が立つが、兄から言われる分には、恥ずかしいのだが、腹が立つどころか、気にしてもらっていることが嬉しかった。言葉を発する時の表情に嫌味はなく、優しさが滲み出ているからだ。
 恵美はそんな時の兄の顔が好きだった。
 両親を見ていて、どうして自分たちのような兄妹が生まれたのか不思議に思うことがあった。兄は父にも母にも似ていない。恵美も自分が似ていないように思う。育った次代や環境が違うから仕方がないとは思うのだが、兄を見ていて、兄自身も自分が両親に似ていないことを自覚しているように思えてならなかった。
 兄は、妹である恵美と違って、あからさまに両親に逆らうことがある。小さな頃の恵美や兄が住んでいたところは片田舎で、まだ家の裏にある井戸を使って生活をしていたほどのところである。
 学校もクラスは二クラスほどしかなく、テレビで見る都会の学校がまるで別世界のように思えてならなかった。恵美はどこか現実的なところがあるので、混乱していたが、兄はそれほどの混乱を感じていなかったようだ。
「田舎の暮らしを十分に堪能していたんじゃないかな?」
 恵美が中学に上がる頃、家族で都会に引っ越した。祖父が亡くなったのが一番の原因だったのだが、ちょうど夏休みだったので、転校はさほど苦にはならなかった。
 兄は、都会の高校に通っていたので、転校することもなく、むしろ通学に便利になった。父も会社への通勤が楽になったようなのだが、見ていてそれほど楽には感じられない。
「それが都会というところを知らなかった恵美だからこそ感じることなのかも知れないよ」
 と、兄に言われたことがあったが、まさしくそのとおりだった。
 都会に出てきて、一番変わったのは母だったかも知れない。年齢的にはそろそろ五十歳になろうかとしていたが、近所付き合いがうまくいっているのか、よく近所の主婦同士で出かけたりしていた。出かける日の母親は今までに見たことのないような楽しそうな表情になる。
「よほど都会の水にあっているのかな――
 中学に上がる頃になると、同じ環境でも自分が変わったように感じるらしい。それを教えてくれたのは兄だった。
「最初は戸惑うかも知れないね。何しろ、恵美は素直なところがあるからね」
「素直なところがあると戸惑うの?」
「ああ、順応性に欠けるところがあるからね。恵美にとってそれがマイナスかどうか分からないけど、気をつけるに越したことはない」
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次