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短編集109(過去作品

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 と思ったことだった。女性に興味を持つのが遅かった藤堂は、急に締め付けられるような胸の痛みを新鮮に受け取っていたのだ。佐和子の存在が女性に興味を持つのを若干でも遅らせたのだと気付いたのは、かなり後になってからのことだった。
「俺、悩みがないように見えるのかな?」
「どうして? そんなことないわ」
 佐和子に思い切って打ち明けてみた。
 佐和子は藤堂が唯一「俺」と言える人である。人に対してへりくだっているか、明らかに上であるかの認識しかない藤堂にとって、対等になれるのは佐和子だけなのかも知れない。
 男性で対等になれる友達が小学生の頃にはいたのだが、彼が親の転勤のために、遠くへ行ってしまったことで、佐和子の存在が余計に大きなものとなっていた。
 無責任な性格なのを本当に知っているのは、佐和子だけである。他の人は、きっと藤堂のことをキチッとした性格だと思っているに違いない。
 実際にそのように仕向けているのは藤堂本人で、他の人から見れば、頼りになる男に見えているはずだ。
 それが最初はありがたかった。自分だけが目立つことを目指している藤堂にとって、人との違いを感じることで満足が得られた。
 それが自己満足でも構わない。自己満足の中から、本当の満足が生まれることだってあってもいいではないかと、本気で考えていた。
 しかし、次第に孤独感が襲ってくる。まず感じたのは、自分がいつまでも虚勢を張っていないといけないことだった。まわりに与える自分の印象こそが本当の自分だと思いたいこともあって、それだけまわりを意識しているのに、孤独感に苛まれることに矛盾を覚え、ジレンマに陥ってしまっている。
 今さら自分に悩みが多いなど言えず、それを何とか悟られないようにするには、無責任な気持ちになるしかなかった。
 一つのことに集中すると、まわりが見えなくなるほどの猪突猛進型のくせに、無責任な気分になるのに違和感はなかった。元々からいい加減な性格だとは思えないが、無責任がそのままいい加減になるとも思えなかった。
 無責任であっても、それが相手にとって的確であればいいのだ。そう考えると気持ちに余裕が生まれて、アドバイスができるようになる。アドバイスが的中したり、相手の迷いをなくすことに貢献できれば、それも自信に繋がってくる。自惚れて舞い上がってしまったとしてもそれは仕方のないことだろう。
 それでも自分の中の悩みとは別問題である。却って、人の悩みを解消してあげる代わりに自分が深い悩みに陥ってしまうこともある。人に助言する時、
――僕ならこうする――
 と考えて行動する。だからこそ、相手の悩みが解消されたことが分かるのだし、自分を振り返ることの辛さも分かっている。かといって、相手の前で露骨にその時の心境を出すわけにも行かない。
 欲求不満がストレスとなって、溜まっていく。溜まったものは出さなければならないが、解消する術を藤堂は知らない。
 ある日、あまりにも溜まってしまったストレスのせいか、思っていることと違うアドバイスを他の人にしてしまった。
――何ということをしてしまったんだ――
 それまでの自己嫌悪とは違う形の嫌悪が藤堂を襲う。言い知れぬ苦しみは、自分否定にすら繋がってくる。
――こんなことなら、本当の自分を曝け出していればよかったな――
 と思ってしまって、アドバイスを受けた人間がそれからどうなるか、気になって仕方がなかった。
 その人はアドバイスを忠実に実行していたようだ。それまでとは顔色も違い、生き生きとしている。少し安心感があったが、それでも自己嫌悪が消えたわけではない。
 幸いにして彼はアドバイスどおりで、悩みが解消されたが、考えてみれば、このアドバイスが一番自分にとって感情が表れた生々しいものだったように思える。
――これが本当の自分の気持ちなのかも知れないな――
 アドバイスした時、一体どんな顔をしていたのだろう。あれだけ憎悪に苛まれた日々を送っていて、その憎悪の矛先が決まらぬまま、アドバイスを求めにきた相手にモロに向けられたのだ。さぞや壮絶な表情だったに違いない。
 だが、相手には伝わっていなかったようだ。実際に自分で考えているよりも感じる相手がそれほどでもないということは往々にしてあるに違いない。佐和子に、
「俺、悩みがないように見えるのかな?」
 と訊ねたのも、それまで鬱積してきた気持ちを表に表したかったからで、佐和子もそれを承知だったに違いない。
――佐和子は決して相手を思いやっていても、本当のことを話してくれるに違いない――
 と思っていた。しかも、それは相手を思いやる気持ちから、決して傷つくことがないこを暗示していた。
 あれはいつだっただろう。佐和子に思い余って相談したことがあった。
――相談など、僕がするなど信じられないだろうな――
 と思ったが、却って、
「安心したわ。誰にでも悩みはあって、人に相談したくなるものですからね。私はあなたが、結構悩みを抱えているのを知っていたので、いつかは相談してくれると思っていたのよ」
 その返事を待っていたようにも思う。確かに自分は誰から見ても分かりやすい性格ではないかと思いながらも、心の中を曝け出すことが怖かった。分かりやすい性格なだけに、一度自分を曝け出すと歯止めが利かなくなり、誰にでも相談してしまって、自分が分からなくなりそうだった。
 藤堂には願望が叶う時には、最初に考えていたほどの強さが半減していることが往々にしてあった。最初の思い込みが激しいのか、それとも願望が強すぎるのか、想像していたことと実際とではあまりにも差が激しいこともある。
――なんだ、こんなものか――
 と思うのである。
 女性と初めて身体を重ねた時もそうだった。
 女性に対して興味を持つのが遅かった藤堂は、友達から聞かされた卑猥な話に勝手に想像を膨らませていた。中学の頃の悪友から聞かされた話は、明らかに経験もないくせに、そのわりにリアルに聞こえたのは、成長期で身体が勝手に反応する時期だったからかも知れない。
 本能の赴くままに反応する身体に対して、恥ずかしいやら、大人に近づいている自分を感じているやら複雑な気分だった。だが、思いだけは次第に強くなってくる。女性を見る目も変ってきて、見るだけで身体が反応してしまう自分への思いが恥ずかしいと感じる方が強くなっていた。
 大学生になって初めて女性と知り合う。それまでは悩みを相談されても、無責任だった自分が、女性を意識しないようにしていたことの裏返しだったことに気付いた。相手の女性には最初から同級生以上のものを感じていた。大人の女性を知り合うことができ、初めて感じることのできる女性が彼女であることを予感していたに違いない。
 予感は予想よりも強いもので、感覚として思い浮かぶものだった。実際に感じることができるまで時間の問題だと重い始めてからが、長かった。
 初めて彼女と二人きりで、
――このまま抱くことになるんだろうな――
 と感じてからのシチュエーションは自然で、考えていたことがウソのようにそのまま目の前で繰り広げられた。
 後は身体を感じるだけだった。
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次