短編集109(過去作品
ここは自分ならこうしてほしいと思っていることをアドバイスしておいた。アドバイスしている時の自分は、ものすごく輝いているように思えた。ナルシストではないつもりだが、これほど自分が輝くなんて想像もしていなかったのだ。
「ありがとうございます」
「いいえ、ちょっと私も興奮しすぎましたね」
汗が額から滲んでいた。汗が吹き出すほど熱弁を奮うなど今までにはなかったことだ。
熱弁を奮うことは今までにもあったが、熱弁を奮っている時というのは、得てして相手にあまりいい感情を抱かせることはなかった。
「そんなに怒ることないじゃないか」
と言われるほど、かなり自分本位の話し方になっているようである。しかも、それは自分の持っている知識をすべて出し切ろうと思っているので、押し付けのような言い方になっていることも多いようだ。
だが、その時は本当に感謝された。
「目からウロコが落ちたみたいだわ」
これは自分が、
――時間の贅沢な使い方――
に気付いた時に自分に言い聞かせたセリフだった。それだけに彼女が喜んでいることが伝わってくるようで嬉しかった。
話をしていて指先が痺れてきた。次第に度が乾いてきて、ろれつが回らなくなってきた。それでも一気に捲くし立てたのは、彼女が必死に話を聞こうという態度を示してくれたからで、それがなければいくら何でもここまでの熱弁は奮えなかったであろう。
話をしていて思ったことは、
――彼女はひょっとして、最初から答えを予想していたのではないだろうか――
と感じたのだが、すぐに、
――まさかそんなことはないよな――
と打ち消している自分がいる。その間がどれほどの時間か想像もつかないが、あっという間であったことは間違いない。それでいて、何かを感じ、それを打ち消したという感覚はしっかり残っていて、それが、相手が自分の答えを予想していたのだと思い出したのはかなり後になってからのことだった。
――それにしても、よくこんなに押し付けがましく話しているのを聞いてくれたな――
と感じるのだが、後になって聞いた話によると、どうやら彼女にだけ、私が大人の風格を持って話をしてくれていたように思えたようである。まわりにいた人たちは後になってから、
「お前、あの時、相当エキサイトしていたようだが、よく彼女も黙って聞いていたよな。他の女の子だったらその場から逃げ出すか、誰か他の人に助けを求めるか、中には泣き出す娘がいても不思議のないほどの剣幕だったぞ」
と言われた。
「俺もそう思うんだが、だけど、聞いている彼女を見ていると、自分がそこまで白熱していたことに気付かないんだ。気付くのは話し終わってから、襲ってきた倦怠感で気付くくらいだからね」
言い訳に取られるかも知れないが、それ以外の何者でもなかった。しかし、しばらくして彼女に会った時、
「ありがとうございます。あなたのあの時のアドバイス、とてもよかったみたいで、彼とうまく行ってます」
との話だった。だが、その時の彼女の捨てゼリフで、
「でも、私、複雑だったんですよ」
「え? 何がですか?」
「藤堂さんと話をしていると、藤堂さんの後ろに彼がいるように思えて、彼とダブって見えたんです。というよりも正直、藤堂さんが彼氏だったらよかったのに、なんてことを思ったのも事実なんですよ」
複雑な心境になったのは、こっちだった。
相談に来たのが、実は自分の好みの女性だったことで、自分の彼女だとして考えて出したアドバイスだった。アドバイスの間も心境は複雑で、
――もし、自分が彼女と付き合ったとして、彼女のようなタイプの女性なら、きっと誰かに相談したくなる時期があるはずだ。その時は一体、どんな人に相談するのだろう――
と考えてしまった。少し飛躍しすぎているが、一つのことを考え始めるとまわりが見えなくなる性格であると同時に、集中して考えていくと、思いが飛躍していっても仕方のないことだ。それが一つに纏まらないところが、自分の性格でもあり、いい加減なところなのかも知れない。
だが、それよりも、自分がいつも何かに悩んでいるはずなのに、他の人のアドバイスをしなければならないことへの憤りを感じることの方が大きい。悩みがなければ、少々無責任なことでも、胸を張っていうことができると思っているからで、心に余裕があるからではないだろうか。余裕もないのに人にアドバイスするというのは、本当であれば自分の本意ではない。それがいつの間にか、
「藤堂のアドバイスは、結構的を得ているぞ」
などという噂が広がってしまっては、今さら断ることもできない。
――来るものは拒まず――
これもモットーだし、何よりもそこで断ってしまうと、ずっと後悔が残りそうで、そちらの方が嫌だった。
だが、そのことに気付いていることを自ら話してくれた女性がいた。名前を佐和子というが、彼女もどちらかというと悩みの多い女性で、いつも何かに悩んでいるのが、表情に浮かんで見えた。
しかし、彼女は決して人に相談するタイプではない。人から慕われることが多いようで、女性から見ると、
「彼女、私たちのような悩みを持っていないみたい」
という話を聞いて、驚いていた。男性仲間の間では、
「女性から見れば悩みがないように見えるらしいね。男性と女性の前では態度が違うんじゃないかな?」
という女性がいることが一時期話題になったが、佐和子のことではない。
佐和子は、女性の前でも彼女の表情には悩みがあるように見えるのだが、第三者として見る男性の目と、当事者として感じる女性とでは雰囲気が違うのだろう。大なり小なりあることだが、彼女の場合は極端なのかも知れない。
もし、藤堂が誰かに自分の悩みを打ち明けられる人がいるとすれば、佐和子のような女性だろう。口が堅く、自分というものをしっかりと持っている。
――どこか僕と似たところがあるみたいだな――
佐和子を女性として見ることは今までにはなかった。幼稚園からの幼馴染で、これといって仲が良かったわけでもないが、意識の中には必ずいた。きっと適度ないい距離なのかも知れない。
佐和子にとって、藤堂がどんな存在なのか、藤堂には分からなかったが、次第に大きな存在になっていることには違いなかった。
――見れば見るほど私に似たところが多い人だわ――
という意識があり、それでいて、
――恋愛感情までは発展しないわね――
という思いもあり、お互いに感じていることが噛みあってきていた。それを二人ともウスウス感じていたはずである。
男女の関係が恋愛関係になってしまうと、お互いに制限があることに気付いたのは、佐和子の存在があったからだ。それまで彼女がいないことを寂しいと感じていて、それでも佐和子に恋愛感情を抱かなかったのは、彼女に女性としての魅力がなかったわけではなく、彼女として限定してしまうと、すべてにおいて制限が入るようで、それが怖かったのだ。
彼女ができると、藤堂は黙っておけないタイプである。女性を意識し始めたきっかけにしても、友達が女性と歩いているのを見て、
――羨ましいな――
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次