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短編集109(過去作品

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 絵を描くのと同じイメージで、メモ帳を持って表に出かけ、そう、喫茶店の窓際に座って、表を往来する人をただ描写する訓練もしてみた。喫茶店は、人通りの多いところが望ましい。例えば駅前などは最適で、電車の到着とともに、ドッと人がコンコースから溢れてくる。しかも、時間帯によって違った集団を見ることもできて最高だった。それまであまり一人で喫茶店に行くことのなかった藤堂が、常連のお店を持ちたいと思うようになったのも、その時からだった。
 駅前の喫茶店の中には、時間帯によっては常連の客がいたりする。特に昼下がりなど、結構常連さんが多く、主婦もいれば、近くの商店街で店を開いているオーナーもいる。聞いていないつもりでも聞こえてくる話はなかなか興味深く、人の行き来を見ながらいろいろなことを想像させられて、ただメモっているだけでも、勝手な想像に思わずニヤけている自分に気付く。
 マスターと会話するようになると、趣味の話なども飛び出してくる。マスターは釣りによく出かけているようで、休みの日には必ず自家用車で釣りに出かけているようである。奥さんも一緒に行くことがあるということだが、ほとんどは一人で出かけ、ただ釣り糸を垂らして水面を見つめているだけで心が休まるという。
「僕には分かりません」
 正直に言うと、
「そりゃそうだよ。これは私だけの世界なんだからね。簡単に分かってもらっては、面白くないよ」
 お互いに苦笑いだ。
「とにかく何も考えないのさ。釣れなくたって構わない。ただ、時間を贅沢に使いたいだけなんだ」
――時間の贅沢な使い方――
 この言葉に藤堂は目からウロコが落ちた気がした。
 自分が小説を書きたいのも時間を有効に使いたいからだと藤堂は感じた。そのために喫茶店での時間も贅沢な時間の使い方だと十干が湧いてきた。
 贅沢な時間の使い方とは、決して無駄な時間を使っているわけではないということでもある。
――一体、何をやっているんだろう? 時間がもったいなかったな――
 などとは絶対に考えないということである。
 そこまで考えると、それまで進まなかった筆が進むようになる。何も考えることなく書き連ねていけばいいのだ。
「つれづれなるままに、って言葉があるけど、まさしくそのままですね。最初に感じたとおりに書いていけばいいんですよ。下手に恰好つけようなんて考えるから、先が進まないんですよね。マスターと話をしていて感じました」
 そう考えると、自分が無責任だと思っていることも、それなりに考えて話しているのではないかと思えてきた。それまで人と話すこともなかったのに、大学二年生のある時から急に友達を増やし始めた。それが、ちょうどマスターと話をしていて目からウロコが落ちたと感じた時期にほぼ似ているのだった。
 友達は女性から増えていった。
「趣味で小説を書いたりしています」
 などといえば、女性は結構興味を持ってくれる。それまで合コンなどほとんど参加したこともなかったので、どんな雰囲気なのか分からなかったが、参加してみて、それまでのイメージとは少し違っていることに気がついた。
 あまり自分から何も喋らない頃だったら、完全に宙に浮いた存在になっていただろう。こういう会場では話をしない人に他の人は構ってくれない。何しろ決まった時間でどれだけ相手にアピールできるかが合コンという場の雰囲気で、時間は待ってくれない。時間を贅沢に使うことを覚えた藤堂にとって、決まった時間を焦ったりすることはなかった。
 しかし、今まで参加したことがないだけに、何をどう話していいのか分からなかったので、他の連中の話を聞いていた。
――かなり軽い雰囲気なんだな――
 今までの藤堂であれば、しばらくいると嫌気が差していたかも知れない。自分に合う人を探して話しかけたとしても、きっと話が合わなくてすぐに会話が途切れてしまうと思い込んでしまうような雰囲気だからであろう。
 他の連中と同じだと思われたくないという気持ちがあった。仲良くなりたいのは同じなのだが、自分は他の連中とは違うと思われないと気がすまなかった。あたりを見渡していると、女性の中にも同じような女性もいるようで、宙に浮きそうになっている人がいるのをすぐに見つけることができた。
「こんばんは」
「こんばんは……」
 話しかけるが、やはりぎこちなく、警戒心をあらわにしているのがよく分かる。それでも話を進めていくと、彼女が読書をするのが好きだという話を聞いてからは、藤堂に遠慮はなかった。
「僕、趣味なんですけど、小説を書いたりしているんですよ」
 ここぞとばかりに趣味の話をした。すると、それまで引っ込み思案だった彼女の目が明らかに藤堂に興味を示しているのが分かった。
 小説の話に花が咲いていると、他の女性も興味を示してくれるのがわかってくる。
「いかがですか?」
 カクテルを持ってきてくれたりする人がいるので、まわりを見てみると、さっきまで話していたパートナーが少しずつ変わっているのが分かった。
――なるほど、こういうところでは、結構相手を変えて話をしてもいいんだ――
 と思ったが、その時がパーティ形式だったので、オープンな雰囲気があたりを包んでいて、最初は、たくさんの人と話をするのがいいようだった。
 藤堂もそれから数人の女性と話したが、皆好印象を持ってくれているようだった。パーティという雰囲気が人の心を普段よりもより一層開放的にするということを差し引いても、藤堂に対しての女性の印象は悪いものではないだろう。
「藤堂、お前やけにもてるじゃないか。やっぱり文学青年っていうのはナンパな俺たちよりももてるのかな?」
 半分、嫌味には違いないが、悪い気はしない。しばらくいろいろな人と話をする時間帯が続いたが、そのうちに皆自分の気が合う人が誰なのかが決まってくるようだ。
 その時に一人だと寂しいものがある。だが、その時藤堂の頭の中には、やはり最初に話した女性のイメージがあった。彼女も同じだったようで、またしても同じテーブルに腰掛けたが、あくまでも自然だった。
 さっき話をしたばかりなのに、懐かしさを感じるのはなぜだろう。待ちわびていた恋人に会えたような気分だった。顔を見ると落ち着くのだ。
 彼女は彼氏のことで悩んでいた。あわやくば、ナンパでもしてやろうと思っていた邪な自分の気持ちをまるで見透かされたように思えて少し恥ずかしかった。ここで、
「じゃあ、またね」
 と言ってしまっては、ますます後で自己嫌悪に陥りそうだ。こうなったら、彼女に付き合ってあげる覚悟を決めるしかなかった。
 話を聞いてみれば、大したことではなさそうだ。彼女にしてみればたいそうなことなのだろうが、聞いていて、
――まるで中学生の悩みのようだ――
 とも思ったが、
――待てよ、これも僕が女性を知らないからそう感じるだけなのかも知れないな――
 とも思えてきた。
 しかし、うかつなことは言えない。下手なアドバイスをして彼女を間違った道に招くかも知れないからだ。だが、それも何が間違いなのか分からない。かといって、このまま何も答えないでは、これもまた後悔してしまいそうだ。
作品名:短編集109(過去作品 作家名:森本晃次