見えている事実と見えない真実
「それはありますよ。でも、それは彼氏という立場であってもそうだと思います。でも、相手が彼氏であれば、疎遠になった時点で、なかなか会うことができずに、苛立ちから別れてしまうということはあると思いますが、僕との関係は疎遠になったとしても一時的だって分かっているので、すぐに彼女の方から連絡をくれると思っています」
という深沢の話を聞いて、清水刑事は、
――この男、よほど、彼氏というものを意識しているのかも知れない。自分が彼氏ではないということで、彼女との付き合いが濃厚なことをいかに正当化しようと思っているように感じられて仕方がない――
と感じているようだった。
門倉刑事はそれを聞いていて、
「なるほど、あなたの水島さんに対しての立場とその立場に対する考え方はよく分かりました。でもですね。彼女がもし付き合っている人がいるとすれば、その人はあなたの存在をご存じなんでしょうか?」
と聞いた。
「ひょっとすると知らないかも知れないですね。彼女が私と、彼氏とは別次元という感覚でいるとすれば、きっと私のことを知らないでしょう。私もだから彼女が誰と付き合っているか。そもそも付き合っている人がその時にいるのかどうかも分かりません」
と深沢は答えた。
「なるほど、そういう意味では、さっきあなたが彼女の今のマンションに入ったことがないというのは分かる気がしますね。同じ空間に、あなたと彼氏を一緒にしたくなかった。それは時間が違っても同じで、それぞれの、「居住区」のようなものを自分の中で作っていて、自分がコントロールしているというわけでしょうね」
と門倉刑事がそういうと、
――やっと納得してくれたか――
と言わんばかりに門倉刑事を直視して、うんうんと頷いた。
「おっしゃる通りです。私は最初にそういう説明をしたつもりだったですが、やっとここで結び付いたというわけですね?」
と、深沢の方も、紆余曲折の中ではあるが、最初にいいたかったことがやっと伝わったことで、その途中の話もこれで納得してもらえると感じていた。
実際に門倉刑事も、清水刑事も今の言葉を聞いて、深沢という人物がどういうことを考え、彼女のために、健気であったのかということを理解したのだった。
そのうえで清水刑事は、
――俺なら、そんな関係、耐えられないな――
人によっては深沢のように、裏方に徹するという人もいるのは知っているが、自分としてはまったく想像を絶するものであって、どんなに考えても、自分と比較できるものではないと思っていたのだ。
それにしても、いろいろな人がいることは犯罪捜査などしていれば、おのずとわかってくるものであるが、そんな中でも深沢のような男は珍しい気がする。それを感じさせるのは、
――深沢のような男って、きっと犯罪とは無関係の人間だったのだろうな――
という思いであった。
しかも、彼のような人物を見ていると懐かしさを感じる。その懐かしさも清水刑事と門倉刑事とでは見る立場が違っていた。それは、清水刑事の方は、
「私のまわりに、そういう人がいたので、懐かしく感じるんだ」
という思いであり、門倉刑事の方が、
「自分がまわりからそういう目で見られていたという意味で懐かしさを感じる」
と、まったく別のイメージがあったのだ。
だが、本当に懐かしさとして感じるのは、清水刑事の方だった。自分が客観的に見ていることで、懐かしさが頭の中に素直に反映されるのだ。門倉刑事のように、自分がその場面の中心にいてしまうと、見ているはずのものが自分であるという矛盾から、心底懐かしいという思いには至らないだろう。そういう意味で、深沢の気持ちがよく分かるとすれば、門倉刑事よりもむしろ清水刑事なのかも知れない。
ちなみに言えば、もっとその兆候に近いのが辰巳刑事だった。
辰巳刑事は学生時代からグレていて。当時の少年課の担当者が親身になって相談に乗ってあげ、危険が迫った時も身体を張って彼を助けてくれた。特に恩義に対しては厳しい辰巳刑事はその時の担当の人の気持ちを察し、自分を顧みることで、刑事になろうと考えた。
いわゆる、
「勧善懲悪」
を地でいったとでもいえばいいのか、刑事ドラマには出てきそうなキャラクターだが、実際の警察ではやはり、かなりの異端児であることは間違いない。
それでも彼の正義感は事件解決に必要不可欠であり、たまに暴走してしまいそうになるが、それさえ抑えてしまえば、これほど上司にとって扱いやすいやつはいない。それだけ単純であり、勧善懲悪が身に染みているのであろう。
まだ辰巳刑事は深沢という男を見たことはないが、どう感じるだろう。
根本的な考え方は似通っているように思う。勧善懲悪という意味ではないが、その広い視野で、目の前の人を一人、救うことができるとすれば、こういう人のことをいうのではないか。
ひょっとすると、勧善懲悪と言いながらも辰巳刑事も本当は誰か一人のために自分の身を捧げたいと思っているのかも知れないが、今はそういう相手がいるわけではないし、警察の仕事に誇りを持っている。だから、誰よりも勧善懲悪に見えるのであるが、もし彼に大切にしたいと思える一人が現れればどうなるであろう。
全体を助けるために、その人を犠牲には絶対にできないだろう。そうなると警察の仕事を放棄するかも知れない。だが、門倉刑事はある意味それでもいいと思っていた。もし、それを危惧して今のうちに彼の性格を治そうなどとしてしまうと、治してしまったその瞬間から、辰巳刑事は辰巳刑事ではなくなってしまうのではないだろうか。
それよりも、いつ現れるか分からない相手を考えるよりも、今を大切にできる辰巳刑事の存在は唯一無二の存在と言えるのではないだろうか。
「門倉刑事にも清水刑事にもない情熱を辰巳刑事は持っている」
それだけにいいのではないだろうか。
性格はかなり違っているが、目の前の深沢を見ていると、門倉刑事も清水刑事も二人とも頭に浮かんでくるのは辰巳刑事のことであった。
「今頃、辰巳のやつ、くしゃみでもしているかも知れないな」
と二人は感じていることだろう。
「私は、彼女にとって、なくてはならない存在と思われることが誇りだったんです。彼氏になってしまうと、その立場から降格させられてしまうような気がするくらいなので、私が彼女に対しての立場に満足しているという思い、お二人になら分かっていただけるような気がしています」
と、今日、初めて会ったはずの門倉刑事と清水刑事のことをすでに見透かしているかのような言い方をしたのは、ある意味、深沢からの挑戦のようなものなのではないだろうか?
「ところで深沢さんは、今はサラリーマンをされているんでしょうか?」
「ええ、普通のサラリーマンですね。だから、なかなか彼女とも時間が合いませんでした」
「じゃあ、お店に行ったことは?」
「数回ほどありますが、いつもの彼女と違う光景を見るに堪えないように思えてきて、しかも自分がスナックなどの呑み屋は苦手なんですよ。何しろアルコールはほとんど?めませんからね」
と深沢は言った。
「なるほど、それではその店のママさんとは面識がないわけですか?」
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次