見えている事実と見えない真実
「以前は、付き合っている人がいるんだけど、男性の気持ちがよく分からない。だから男性の気持ちを知りたいので、私に意見を求めているという感じですね。でも、最近はもっと相談は深刻なものになっていたんです」
それを聞いて二人の刑事は顔を見合わせたが、今度は清水刑事が、
「それはどういう?」
と聞き返すと、
「実は、どうもストーカーに追われているような気がするというんです。誰かにつけられているような気がするという話を聞いて、私は何度か彼女の帰宅時間、彼女の護衛のようなことをしてみたんですが、ストーカーらしき人はいませんでした。そして彼女も、誰かに追われている気がしないと言っていたので、じゃあ、もう大丈夫なんじゃないかということで話をして、護衛をやめたんですが、しばらくは何もなかったんですが、半月もしないうちにまたストーカーにつけられているという話をし始めたんです」
「それは同じ人物だったんでしょうか?」
と清水刑事が聞くと、
「それがよく分からないんです。彼女は、同じと言われれば同じだったと思うんですが、よく分からないという話でした。きっと時間が経っていたので、前の気配を忘れてしまっていたのかも知れません。でも、また誰かに追われているような気がすると言い出した彼女は、最初の時よりも不安を感じているようでした」
と深沢がいうと、
「その時はあなたは彼女のことを護衛したりはしなかったんですか?」
と清水刑事がいうと、
「彼女は今、スナックで勤めているんですが、そこのママさんが守ってくれると言ってくれたので、私はそれに従うことにしたんです」
「それから連絡はありましたか?」
「いいえ、ほとんど連絡はありませんでした。特にストーカーの件についてはまったくなかったので、あれからは大丈夫だったんだなと思っていました」
「なるほど、そうだったんですね」
門倉も清水も、実際のママの話を思い出して、二人の話に矛盾はないが、どこか繋がらないところがあるのに気付いていた。
しかし、気付いていながら、何も言わなかった。言わなかったのは、言っても深沢には関係のないことであり、このあたりを追求するのであれば、深沢に対してではなく、ママの方に対してであると思ったからだ。
この一件からも、もう一度は少なくともママに事情聴取を行う一つが出てきたことが分かったのだ。
深沢にとって、亡くなった女性はどういう存在だったのだろう? 彼氏という雰囲気ではないような気がする。
――まさかと思うが、最近のストーカーはこいつだったんじゃないか?
などという考えられないような発想をして、思わず苦笑いを清水刑事であったが、それがまんざら突飛でもなかったことは後で判明することになるが、ここではそれに触れることはやめておこう。
「ちなみに、深沢さんは水島さんとはお付き合いされたことがあったんですか?」
と、門倉刑事が聞いた。
「お付き合いという感じはなかったですね。相談をよく受けていた感覚があるので、まるで妹のような感じだったでしょうか。僕も彼女のことを好きだと感じたこともなかったです。彼女が僕をそこまで頼りにしてくれなければ、ひょっとすると好きになったかも知れませんけどね」
というと、今度は清水刑事が、
「じゃあ、彼女から好かれているという感覚はありましたか?」
というと、深沢は少し照れたような雰囲気で、
「実は、一度ありました。それで僕もぐらっときそうになったことはあったんですが、すぐに相談事を言ってきたので、その思いはすぐに崩壊しましたね。やっぱり勘違いだったということだと思いました」
と神妙に答えた。
深沢という男、結構自分の感情を表に出しているような気がした。根が正直なのだろうか、自分には正直な気がした。
「深沢さんは、彼女がスナックに勤めているのは知っているということでしたが、そこのママさんとはお話したことはありますか?」
「いいえ、ありません。でも、彼女はママさんは頼りになる人なので、安心して働けるとは言っていましたね」
と答えた。
さらに門倉刑事は質問を畳みかけた。
「それでは、あなたは水島かおりさんのマンションにいったことはありましたか?」
と聞かれて、
「いいえ、一度もありません。彼女は私を部屋に連れていこうとはしなかったんですよ。そういう意味では、男性を連れ込むようなことはしなかったんじゃないでしょうか?」
と深沢は答えたが、それを聞いて二人の刑事はまた目を合わせた。
二人は意外な気がした、
そういえば、隣の奥さんの話では、同じ人物ではないと言っていたが、男が来ていたことは確実だったようだ。それなのに、その中に彼がいないということはどういうことになるのだろう。それを思うと、二人の刑事はお互いが同じ疑問を抱いていることを分かっていると感じた。
「水島さんの住まいは前からあそこだったんですか? 大学生には業火過ぎると思うんですが」
と清水刑事がいうと、
「そうですね、もちろん大学時代は別のところに住んでいました。でも、大学生としては結構いいところに住んでいたと思います」
「そこには行ったことがありましたか?」
「ええ、何度かはありましたね」
「それなのに、なぜ新しいマンションには行ったことがないんです? あなたは相談を受けていたわけなんでしょう?」
と清水刑事が聞くと、
「ええ、そうなんです。でも、今度の新しいマンションには、彼女は私を決して招待してくれようとはしなかったんです。私は彼氏でもいるのかなって思っていました」
「彼氏がいるかも知れない相手の相談に乗っていたというわけですか?」
と、清水刑事が少し疑惑を持った目で深沢を見た。
その表情にあざとさが感じられたので、門倉刑事は少し焦ったが、それより前に、
「ええ、それが私の役目みたいなものですからね」
と、一見そんなことは関係ないとでも言わんばかりの表情で深沢は答えた。
もちろん、彼の本心がどこにあるのかは分からないが、見ている限りでは、清水刑事の方が悪いという印象を受けた。清水刑事は刑事であり、疑うのが商売とはいいながら、相手にここまで平然とした態度を取られると、刑事としての仕事と分かっていても、自分が悪者になっているような感じがして、少し複雑な気分になっていた。
「水島さんから、彼氏のお話を聞いたことはあったんですか?」
と清水刑事は聞いた。
「いいえ、彼女が僕に相談をするのは、きっと彼氏には相談できないようなことを相談してくるんでしょうね。まるで兄のように慕っているという雰囲気でしょうか。だから、彼氏とは違った意味での関係なので、彼氏ができようができまいが、自分には直接関係はないと思っているんです。だから、彼女は彼氏と別れることがあっても、私と距離を置くようなことはないんだろうなという感覚ですね」
「でもお互いが忙しかったりすると、なかなか連絡も取れずに疎遠になることもあるでしょう?」
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次