見えている事実と見えない真実
「それはきっと、皆が普通の自殺を、完全な自殺だと思い込んでいるからなんだろうね。疑ってみれば、きっと辰巳刑事が懸念した部分を指摘する人はたくさん出てくるよ。でも、全部が全部自殺として片づけてしまっていいものかとも思うんだ。百件自殺の案件があれば、そのうち数件くらいは、本当は他殺だったんじゃないかって思うことも後になってみれば結構あったりするものだよ」
と言った。
「自殺か他殺かを見分けるのって、結構大変なのかも知れませんね。鑑識の話を信用しないわけではないですが、すべてを鵜呑みにするのではなく、状況と一緒に判断しないといけないということになるんでしょうね」
と辰巳刑事がいうと、
「そうだね、中には自殺をしたとハッキリしていることであっても、遺族が納得できずに、犯罪性を疑って警察に訴え出ることもあるからね。ただその場合は会社関係のハラスメントの問題が大きい時が多く、その場合は警察というよりも、弁護士の仕事だったりするんだろうね」
と、清水刑事が付け加えた。
「それを訴え出る人と亡くなった人との関係性もあるんでしょうが、警察で受け付けてないと思えることも多いカモ知れないですね」
と辰巳刑事は言った。
「ただ、勤めに出ていたスナックのママという人の話も気になるね。ストーカーに狙われていたというのに、帰りは普通に徒歩で帰っていたというのも、何となく気になるんだ」
と門倉刑事がいうと、
「それは私も気になっていました。受け付けられない内容なのかも知れないけど、相談してみるくらいはしてもよかったんじゃないでしょうか? ママさんも勧めてくれていたわけですからね。それなのに通報もしていない。さらにところどころで警戒が曖昧なところがあるというのは、何か亡くなった女性の性格的に問題があるということでしょうかね?」
と、清水刑事は言った。
「これは人によっても違うでしょうが、自分が本当に信じられる相手でなければ、信用しないタイプの人間だったんじゃないですか? 今までずっと裏切られ続けて人が信じられなくなる人も結構いるでしょう。特に彼女が自殺をしようとしたのは、今回が初めてではないということです。考えようによっては、自殺しきれないタイプだったのかも知れないと思うと、その思いも自殺を疑う理由の一つになるんはないでしょうか?」
と辰巳刑事は言ったが、
「なるほど、今の話は興味があるね。彼女が自殺の常習者であるとすれば、今回に限って自殺に成功するというのは、疑うだけの価値はあるかも知れない。それを思うと、最初の頃は本当に自殺をしようという意識で死のうとしていたのが、死にきれなかったのだけれど、次第に覚悟が次第に薄れていって、自殺を一種の義姉戯のような感覚になっているとすれば、死にきれないのではなく、覚悟をしていないので、本人は死のうという意思があると思っていたとしても、死にきれないことに対して悪気がなくなってくる。そうなると自殺をしようとする意思でさえも、悪いことをしているという後ろめたさがなくなり、自分の中で『どうせ死にきれない』という思いから、自殺はするけど、死ねないという構図が自然と出来上がっているのかも知れませんね」
と清水刑事は言った。
それを静かに聞いていた門倉刑事は、
「二人の意見はなるほどという部分が結構あるとは思う。私も心の中に思っていることを言ってくれたと感じていることが結構あるんだよ。だから、もう私が付け加えることはないんだけど、まずは、その意見を立証するだけの物証が必要になってくるよね。今のままでは完全に自殺で処理されてしまう。今の二人の話を聞いて、私の中でも自殺に対して疑問があるのは確かだったんだけど、今ではその気持ちがかなり信憑性を帯びているように思える。何としても、自殺ではなく、誰かに殺されたという物証を掴むことが最優先だろうね。そのためには付近の聞き込みと、関係者にもう一度話を聞いてもらうことが大切だと思う。私も、もう一度鑑識に話を聞きに行こうかと思うんだが、それぞれ、その線で動くことにしてみよう」
と言った。
門倉刑事は、今までに何度も自殺を見てきたことがあったが、実はその中には、
――この事件は、絶対に自殺なんかじゃない――
と思える事件もあったが、捜査本部の見解で、最後は簡単に自殺で片づけられた事件も結構あった。
自分がまだ新人刑事の頃で、口出しなどできない頃だったので、そんな理不尽を何度となく味わってきていた。そういう意味で部下の清水刑事と辰巳刑事が、自分の意見を堂々と言えるような状況を羨ましいと思うが、逆にそれを作り上げているのが自分を中心とした上司のおかげだと思うと、自分n統率力という意味では、
「理想の上司になってきているのではないか」
と思うようになってきた。
深沢洋二
三人の刑事が今回の自殺事件を、
「何とか他殺という線でも追ってみたい」
という意見を戦わせて、その証拠を集めようとしている時に、まったく別の場所から、いわゆる、
「天の助け」
とでもいえばいいのか、一人の男が警察署を訪れていた。
彼は受付で、
「あの、先日、自殺をしたと言われている水島かおりさんについてお話したいことがあるんですが」
と言いに来た男がいた。
「あなたが?」
「私は、深沢洋二と言います」
「分かりました。刑事課に繋いでみますね」
と、言って、受付から連絡を受けた刑事課で直接に内線に出たのは、門倉刑事であった。
「では、通してください。いや、私が受付まで参りましょう」
と門倉刑事は直々に受付まで降りてくるという。
それを受け付けの人が伝えた。
「ちょうど担当の刑事さんが今こちらに来てくれるということです。詳しいことはその刑事さんにお願いします」
と言っている間に、門倉刑事がエレベーターから降りてきた。
「どうぞ、こちらに。わざわざご足労ありがとうございます」
と言って、彼をねぎらった。
刑事課に入ると、そこでは清水刑事が待っていた。辰巳刑事は聞き込みに忙しく、今も表にいた。
昨日、三人で論議を重ねた応接室に深沢を招くと、さっそく二人は彼の前に鎮座し、自己紹介をした。
「私は門倉というもので、こちらは、実際に現場を確認した清水刑事です」
というと、深沢と清水刑事はどちらからともなく頭を下げた。
「さっそくですが、深沢さんは、亡くなった水島かおりさんとはどういうご関係だったんですか?」
というと、
「私たちは、大学の時からの友達なんです。大学を卒業してからも時々連絡を取り合っていて、今でもよく彼女から相談を受けます。いや。最近また、相談を受けることが多くなりましたかね」
「じゃあ、以前は結構相談を受けていて、次第にそれもなくなってきたけど、最近また相談を受けるということでしょうか?」
と、清水刑事が聞いた。
「ええ、そういうことになりますね」
というと、今度は門倉刑事が質問した。
「その内容というのは?」
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次