見えている事実と見えない真実
警察は部屋の中に侵入してくると、慌ただしく現場検証が行われる。死んでいる人間の様子や、まわりの状況を写真に撮ったり、指紋の採取に余念がなかったりしている。そういうことは、県警の腕章をつけた鑑識の人が行っているのだろうが、背広を着た刑事と思われる人たちは、状況を見て、いろいろ判断をしているようだった。
「見た感じは、明らかに自殺なんでしょうね」
と一人の刑事がいうと、
「見た感じは自殺にしか見えないが、何とも言えないな」
と、上司と思える刑事がそういった。
現場は鑑識に任せて、二人の刑事はリビングに戻った。テーブルの上や目立つところを確認しているようだが、どうも何かを探しているようだった。
「目立ったところに遺書のようなものはありませんね」
と言ったが、
「そうだな。だけど覚悟の自殺だからと言って、絶対に遺書がなければいけないというわけでもない。昔と違って今は、孤独な人も多いので、いい残すこともないのかも知れないし、そんな言葉があっても、宛てて書く相手がいない場合もあるんだろうからね。一概に自殺だから遺書がなければいけないとは言えないと思うんだ」
と上司の刑事はそう言った。
少し捜索した後で、部下の刑事が管理人とママの方に近づいてきて、
「すみませんが、お二人が発見されたんですよね?」
と聞かれて、
「ええ、私が通報しました。こちらの方が、もういけないので、医者ではなく警察だとおっしゃったので」
と、管理人はママの方をチラッと見ながら答えた。
「こちらの方は?」
「私は、ここの住人の勤めているスナックを経営しているものです。ここ数日無断で休んでいて、連絡を取っても電話には出ない、既読にもならないという状態だったので、おかしいと思ってきてみたんです。管理人である私もそれならばということで、マスタキーを使って入りました。まずかったでしょうか?」
と管理人は、恐縮したように言った。
「いいえ、場合が場合だったのでしょうがないでしょうね。ところで、さきほどママさんは彼女が数日連絡が取れないような話をしていましたが、最後に見たのはいつだったんですか?」
と聞かれた。
「三日前だったと思います。彼女は午前零時を過ぎて少しお店の後片付けを手伝ってくれてからでしたから、一時近かったかも知れません」
「それから、彼女は帰ったんだね?」
「ええ、そうです」
「それにしても、スナックのお給金で、よくこれだけの高級マンションに住むことができますよね?」
と言って、今度は管理人を見たが、
「借主の方々のプライバシーに抵触するようなことは私どもは行っておりませんので、彼女がどこにお勤めなのかどうかは、あまり気にしていませんでした。このママさんがやっておられて、その時やっと思い出したくらいでした。確か、スナックにお勤めの方がいるということですね。でも、誰がという意識はありませんでした」
と管理人は答えた。
「かあ、彼女を訪ねてくる人がいたかどうかというのは、管理人の方でも分かりかねるわけですよね?」
「ええ、もちろん、そうです。分かるとすれば警備会社くらいじゃないですか?」
と管理人は答えたが。これは刑事の想定内の回答であった。
そもそもそんなことが簡単に分かるようであれば、オートロックのマンションの意味がなくなってしまい、本末転倒である。管理人には、第一発見者としての状況を訊くくらいしかなかったのだ。
第一発見の模様は、管理人とスナックのママと二人、それぞれ別々に聴取を受けた。お互いに話の辻褄はあっていたが、ママからは少し興味深い話も出てきた。
「ママさんは、今回亡くなった方を雇っておられるということですが、彼女が何か自殺をする理由をご存じですか?」
と聞かれて、
「これは、きっと他の人はご存じないことだと思うんですが、彼女はストーカーのような男につけ狙われて理宇と言って、怖がっていました」
という話を聞いて、部下の方の刑事が、
「ストーカーに悩んでいたということですか? その人について彼女は何か他に言っていましたか?」
と聞かれた、ママは。
「いいえ、正体が分か習いの出怖いと言っていました。誰かにつけ狙われる理由も分からない。本当に変質者かも知れないと言っていました」
というと、またしても刑事が、
「それはお店の付近ということですか? それとも、自宅の自覚でということですか?」
と聞かれて、
「どちらともハッキリは言っていなかったのですが、言われてみれば、最近お店の近くでは変質者がウロウロしているような話を聞いたことがあります」
「では、彼女はそれを警察に届けたんでしょうか?」
と刑事が聞くと、
「いいえ、届けたというような話はしていませんでした。届けた方がいいとは言ったんですが、どうも、届けていないんじゃないかと思うんです」
「どうしてそう思うんですか?」
「結局怯え方が最後まで変わらなかった方というのが私の印象何ですが、警察に届けていれば少しは怯え方も変わるかと思ったんですけど。もっとも彼女が警察を信用していたかどうか、私にはわかりませんけどね、何しろ警察というところは、何かが起こってから出ないと動いてはくれないところですからね」
と、彼女は痛烈な皮肉を言った。
その皮肉を言う時、言葉を濁すではなく、余計に語気を強めるような言い方をしたのは、彼女お間違いなくそう思っているということであり、むしろ彼女が一番言いたかったことなのかも知れない。
刑事は、そのことに敢えて触れようとはせず、
「彼女は、お店が終わってからは、徒歩で帰宅していたんでしょうか?」
と聞かれて、
「そうじゃないかと思いますよ」
「一人でですか?」
と刑事が聞くと、間髪入れずに、
「はい」
という答えが返ってきた。
「それほど強い被害妄想がありながら、徒歩で一人で帰宅するというのは、さぞや夜道は怖かったでしょうね。ひょっとすると、何か襲われた時に撃退するグッズのようなものでも持っていたのでしょうか?」
と聞くと、
「ええ、あったと思いますよ。彼女は常々、自分の身は自分で守らないとって言っていましたからね」
刑事はそれを聞いて、何か違和感を感じた。
――怖がっているというのはよく分かったが、そのための護身用のグッズを持っていたとしても、完全に不安が解消できているわけではない。どうも必要以上に怖がっている姿を見せているような気がする――
というものであった。
普通なら、いくら警察が信用できないと言っても、ママからも、
「警察に相談してみれば?」
と言われたのであるから、相談という選択肢があってもよかっただろう。
少なくとも訴えていることで、もし何かあった時、次は警察が全力で警備にあたってくれるだろう。そこまで考えなかったということか?
ただ、警察としては、これが自殺の原因のきっかけとなった話だと考えるのは早急であり、もっと彼女の交友関係を当たってみるしかないと思うのだった。
被害者の正体
第一発見者からは、事件についての真新しい話が聴けたわけではなかった。ママさんからの話にあった、
「ストーカーに狙われていた」
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次