見えている事実と見えない真実
「今の二人の話を聞いて、私も考えたんだけど、いろいろな推理が出てくるわりには、真犯人が誰なのかということが浮き彫りにされてきていないよね。普通だったら、犯人の特定を急ぎ、そしてその人物を犯人だとした時に、何か矛盾がないかを考え、そして矛盾のない状態から、初めて事件の全貌を犯人の立場から組み立てていくというのが、あらかたの犯罪捜査ではないかと思っているんだけど、どうもそっちの方向にはなっていない。これは先ほどの話にあったように、最初は自殺だったということから、急に犯罪事件に変わったことで、調子を狂わされているからではないかと思えてくるよね。それを思うと、僕はこの事件の真相を、どのように組み立てていくのかが、客観的に見ると楽しみなんだよ。誰が犯人なのか、犯人を限定して、減算法で真相を見抜くか、それとも真相を見つけてそこから犯人をあぶり出す形にして。加算法での捜査を行うか、普通は加算法の後者のやりかたをすることはない。だが、今回の犯罪は、まわりからどうも固まって行っているよね? それがある意味怖い面でもあるんだ」
と門倉刑事は言った。
「ということは、門倉さんは、今の状況自体が、犯人の作り出した罠にかかっているとでもいうんでしょうか? 真相を看破したとしても、そこから真犯人をあぶり出すことはできないだろうとでも犯人が考えているとでも?」
と清水刑事がいうと、
「そこまでは言っていないが、そんな可能性だってないわけではない。犯罪捜査にはあらゆる方面から当たることができるのではないかというのが私の自論なのだが、果たしてどこまでできるのか、次第に減算法に入っているのも確かなんだよ」
と門倉刑事は言った。
「似たようなお話を、一度鎌倉さんから伺ったことがありました。あれは、別の事件が解決して、本当であれば、ホッとするところなんでしょうが、どうも鎌倉さんが元気のないことに気付いたんです、その時話したことで、『捜査の限界』ということを言っていました。まさに、さっきの話に出てきた、真相に近づけば近づくほど真犯人が分からなくなることがあるんじゃないかなどというようなお話だったような気がします」
と清水刑事は言ったが、どうやらこの話は門倉刑事は初耳だったようだ。
どうしてこの話を旧知の中である門倉刑事にしなかったのか、門倉刑事は、鎌倉探偵の心境を、
「私に対しての配慮」
だと感じるようになった。
門倉刑事に余計な気を回させたくないという思いと、いくら事件が解決してホッとしているとはいえ、ホッとしているところだけに、テンションを下げるようなマネはしたくなかったというのが本音かも知れない。
「こういう事件で、容疑者を絞って、その中で一人一人を真犯人だと思って辻褄を合わせる考えをするというのは、どうなんでしょうね?」
と辰巳刑事は言った。
この考えは普通であれば、タブーなのかも知れない。まず、全員を犯人だと考えたとしても、捜査員一人一人に自分の中の真犯人がいて、その人間を贔屓目に見てしまうからだった。
だが、実際には今回の事件のように、絞りきることがなかなかできないでいると、そこに彼らの作為が考えられ、そもそもの多くの疑問点が邪魔をするのだ。そう考えれば間抜けに思えたこの犯罪も、やはり最初から入念に計算されて計画された犯罪であるのではないかと思うと、考えがなかなかまとまらない気がして、苛立ちすら感じるほどであった。
「でもですね。ここまで事実として分かっていることよりも、ママさんや辰巳刑事が推理したことが結構表に出てきていると思うんです。その発想は私は素晴らしいと思うし、その発想から推理することは間違っていないと思うんです。一種の今までの犯罪捜査のタブーを破る犯罪という意味で、ひょんなところから、真犯人が浮き彫りにされてきそうに思うんです。それは犯人が考えたことが勝手に一人歩きすることになるんでしょうが、そもそもそれは彼らが仕掛けたこと。我々は精神的に彼らの挑戦にうっかり乗ってしまわないようにしなければいけないんじゃないでしょうか?」
と清水刑事は言った。
「もちろん、これが稀代の犯罪者が計画したという前提の下ではあるが、状況証拠も物証も、今はそう思わないわけにはいかないものだよね。きっと、他の捜査陣だと、ここまで頭が回らずに、彼らの術中に嵌っていたかも知れないとも思う。それだけ私は君たちを大いに買ってもいるんだよ」
と、門倉刑事が言った。
「犯人だって、今頃は計画がちゃんと進行しているかどうか気になっているでしょうね。彼らが仕掛けた仕掛けは、きっともうすべてやりつくされているということでしょうからね」
と、清水刑事は言った。
「この事件で共犯者のことが気になっているという話と、もう一つ、ママさんが言っていたという、本当の犯罪目的が別のところにあるという考えを前面に出して考えると、この事件で真犯人の残像がまったく出てこないのは、本当の犯罪目的がハッキリしていないからなんじゃないかとも思えるんだ。そこに犯人の計画があるとすれば恐ろしいことだけどね。でも、それにしても、あのママさんの発想は一体どこから出てくるんだろうね。犯罪者心理が分かっているとでも言おうか、まさか彼女が犯人ではあるまいかなどというバカげた発想も生まれてくるくらいだよ。わっはっは」
と言って、門倉刑事は大げさに笑った。
普段から声を出してあまり笑うことのない門倉刑事が笑ったのを見て。。清水刑事も辰巳刑事もビックリしているようだった。清水刑事などは門倉刑事を見ていて、
――本当に今回の犯罪をまるで他人事のように楽しんでいるのではないだろうか?
とも思えるほどだった。
「捜査主任としてはあるまじき態度」
と言えるのも知れないが、こんなに楽しそうな門倉刑事も珍しい。
逆にこれまでにこういう事件の捜査を扱ってみたいという願望のようなものがあったのであろうかとも思えてくる清水刑事であった。
「それにしても、あの大久保という男は、この事件の中でどんな役目を果たしているんだろう? 私にはどうしても犯人の器には見えないんですよ」
と辰巳刑事が言った。
「そういう意味では、深沢という男も何ともいえない存在感ですよね。私の中ではやつが一番怪しいと思えるんですよ。何しろ、わざわざ証言をしに出頭したり、犯行がここで行われたわけではないと言ってみたり、犯人を指摘してみたりと、とても事件の犯罪者側と無関係だと思えるような態度ではないですからね」
と清水刑事がいうと、
「そうなんですよ。どうもこの男の行動が気に食わないんですよね。まるで我々を翻弄して楽しんでいるような気がする。どこかで犯罪と絡んでいるのは間違いないような気がします。ただ、この人物も真犯人ではないような気がするんですけどね」
と、辰巳刑事は言った。
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次