見えている事実と見えない真実
ゴーストタウンは道も広く、乾燥した雰囲気であるが、この場所はまるで粗大ごみの捨て場所ではないかと思うほど、その場にふさわしくないものが置いてあっても、その場所に同化して感じられるのは、それだけみすぼらしいという雰囲気の幅の広さを感じさせるのだった。
粗大ごみの間から、野良猫か野良犬でも出てきそうな感じであったが、それらを通り越し目指す店に近づいて、扉を開けると、中でママが一人、薄暗い中、洗い物をしていた。
薄暗く感じられたのは、表の明るさに比べて暗いだけで、中にずっといると、そこまで暗く感じないのかも知れない。むしろ夜のこの店の調度と同じ明るさであるということに、中にいるとすぐに感じられてきた。
「あら? この間の刑事さんじゃないですか? 辰巳刑事さんでしたっけ?」
と言われて、清水刑事は照れ臭そうに、
「いいえ、清水です」
というと、
「これはごめんなさい。私、辰巳刑事というお名前の印象が深かったので、そう言ってしまいました。でも刑事さんという職業の方は普段から接することはないので、最初に一度会ったくらいだと、皆さん似たようなものにしか見えないので、どうしても印象の深かった人の名前を言ってしまったんですよ」
と、これも言い訳であった。
しかし、このいいわけには何か理路整然としたものが感じられた。
「いいんですよ、どうしても刑事というと、一般市民の方はどうしても緊張してしまいますもんね」
というと、
「そう言っていただけると助かります。そういえば、殺されたんだそうですね。かおりちゃん。ビックリしました」
とママさんが言った。
「ええ、それでもう一度事情を伺おうと思ってきてみたんです」
と清水がいうと、ママは、
「そうそう、かおりちゃんも今の私のようなところがありましたよ。相手が似た立場の人だったら、曖昧な記憶しか残らないという性格。やっぱり類は友を呼ぶんですかね?」
このママの話を聞いて、清水刑事はたった今管理人から聞いてきた内容がフィードバックされ、まるでデジャブのような感覚に陥っていた。
「それは本当ですか? 何か詳しくお話寝返ると助かるんですが」
と清水刑事がいうと、
「あらたまって聞かれると、そう思い当たることもないような気がするんだけども、よくお客さんから、そのことでからかわれていたわね。特に大久保さんなどは、かおりちゃんのそういう性格が気に入ったらしく、私にしきりに、『かわいいよね』って言って、まるで子供みたいにはしゃいでいたのを思い出したわ」
とママがいうと、
「じゃあ、大久保氏は、彼女のそういう性格を知っていたんだね?」
「ええ、知っていました。最初にその性格を指摘したのって、確か大久保さんだったと思うもの」
「ところでその大久保さんなんだけど、この店には最近来ているかい?」
と清水刑事が聞くと、
「いいえ、最近あまり来なくなったわね」
「それは、かおりさんが亡くなってからのこと? それとも亡くなる前のこと?」
「亡くなる前よ。かおりちゃんとの話の中で、『最近、大久保さん来ないわね』って話をよくしていたもの」
「それじゃあ、かおりさんは大久保さんが来てくれなくなったことを気にしていたということかな?」
「そうですね」
「ということは、大久保さんとかおりちゃんは、そこまで深い仲ではなかったということになるんですよね? もし深い仲だったら、お店に来なくなったことを自分で気にする必要などないですからね」
「私は、そうだと思っていましたよ。この間、かおりちゃんが一番仲のよかったお客さんということで大久保さんの名前を出しましたけど、あくまでも、それはこの店でということなので、プライベートに関しては、私もよく分かりません」
とママがそういうと、
「かおりさんから、相談とか受けていたんじゃないんですか?」
「いいえ、ストーカーの件はさすがに彼女も参っていたのか、普段はあまり人に相談するタイプには見えなかったんだけど、私には相談してくれましたからね。とにかく必要以上に怖がっているのを感じました。あの怖がり方は普通ではないという感じですね。まさかと思うけど、彼女には心当たりがあって、狙われるべくして狙われていると分かれば、相手の性格も分かるはずなので、そのうえで、とっても怖い思いをしているということだったんじゃないかしら?」
と、ママは言った。
「ストーカーの話ですが、かおりさんがストーカーに狙われているから、いつも怖がっていたのでしょうか? お店ではそんなことを顔に出して接客はしないでしょうが、一人になった時とか、ママといる時はどんな感じだったのでしょう?」
「怖がっているのは間違いないですね。話をしていても、たまに上の空になったりしていましたし、接客中でもたまに心ここにあらずと言った感じになったのをお客さんに指摘されて、苦笑いなんてこともありました。お客さんは何も知らないから、好き勝手なことを言っていましたが、かおりちゃんにしてみれば、本当に怖かったんでしょうね。深沢さんという方が助けてくれていたんでしょう? 彼女にそういう方がそばにいてくれたことは私も安心でした」
とママがいうと、今度は清水刑事は少し話題を変えた。
「ところで、かおりさんのことを訪ねてくるお客さんか、お客さん以外でも誰かいましたか?」
と聞かれたママは、
「ええ、何人かいましたよ。サラリーマン風の人だったり、中には学生のような人もいたりして、数人いましたけど、ビックリしたのは、五十代くらいの年配の方もいたことでした。年配の人は、かおりちゃんが店に入っている時、何度かお店にお客としてきてくれたことがありましたが、ずっと無口で一人で飲んでいたんです。かおりちゃんはいつも他の客の相手をしていたのですが、どうも関わりたくないという空気が漂っていて、私の方としても、そんな一触即発のような空気の中に、かおりちゃんを飛び込ませるわけにもいかず、結局私が相手をすることになったんですけどね」
とママは言った。
「そのお客さんを見ているママはかおりさんとの関係をどう感じました?」
「不思議な感じですね。訪ねてきたわりには、お互いに話をしようともしない。他に客がおらず、仕方なくかおりちゃんが相手をしなければいけないようになっても、二人ともお互いに何も話そうとはしない。ピリピリした空気が漂っていました。男の人が下から見上げるように見ている視線が怖かった気がします」
「じゃあ、かおりさんは怯えていた感じだったんでしょうか?」
「怯えているというよりも、なるべく視線を合わさないようにはしているけど、怯えているわけでもなくて、むしろ何か開き直りのようなものを感じました。『何かを言いたいのなら、言えばいいじゃない』とばかりの上から目線ですね。二人の目の角度は、ちょうどその時の二人の関係性を示しているかのようで、それだけに不気味でした」
というのが、ママの分析だった。
さらにママは何かを思い出したのか、さらに続けた。
「そういえば、一度おかしなことをそのお客さんが呟いたことがあったわね」
というと、
「それはどういう言葉ですか?」
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次