見えている事実と見えない真実
制御することは、相手の感情をコントロールすることであり、そこが本当は一番難しいのだが、管理人のようなタイプに対しては、意外と簡単なことのように思える。
「ところで、おたくの辰巳さんという刑事さんに、うちで保存してあった防犯カメラの映像を提供したんですが、ごらんになりましたか?」
と管理人が聴いてきた。
「ええ、辰巳刑事から見せてもらいました。あの映像を見て、それがきっかけの一つとなって、この事件が殺人事件ではないかと思われたんです」
と清水刑事がいうと、
「そうですか。私は見ていないんですが、犯人が映っていたんでしょうかね?」
と管理人に訊かれて。
「いいえ、映っていたという報告は受けていません。ただ、怪しい三人組が映っているという話しはしていましたがね」
と、清水刑事は言った。
どうせ黙っていたとしても、元々ここの所有物なのだから、返してから見れば分かることだ。それに別に隠しておかなければいけないことでもないと思ったので、逆に相手の反応を見るのに使ってみるのもいいかと思ったのだ。
清水刑事が、
「三人組の男」
という言葉を発した時、管理人は一瞬、ビクッとなった。
何か感じたのだとうが、その時は分からなかったが、清水刑事には、この男が、三人組の男に反応したということが印象に残っていたのは、その後の捜査に影響があり、その刑事の勘は間違っていなかった。
「この間、清水さんがお話されていたように、やはり殺人だったんですね。私も、嫌な予感がしたので、辰巳刑事が防犯カメラの映像を持って行った時、清水さんが指示したのかなって思いました」
と管理人が呟いた。
「ん? 私は別にこの事件が殺人だなどと一言も言っていませんよ。辰巳刑事はそんなことを言っていたと思いましたが」
と清水刑事がいうと、管理人は照れ臭そうに、
「ああ、そうでしたね。すみません。私は相手が似ていたり、私から見て同じような立場の相手の人が言ったことであれば、中途半端に覚えてしまって、時々違って覚えてしまうことが結構あるんですよ。その都度、相手に指摘されて、謝ることが多いんですが、これも私の悪い性格の一つなんでしょうね」
と、言って、謝罪なのか、いいわけなのか分からない言い方を、管理人がしていた。
清水刑事は、このことに非常な違和感を覚えた。管理人の話では、たった数分しか経っていなくてもそれは同じようで、記憶していたことが曖昧になるわけではなく、最初から勘違いをしているのだから、それは数分経とうが、数日経とうが同じことだった。
――こんな性格の人間がいるんだ――
と思ったが、
「そういう性格だと、まるでまわりからは、すぐに忘れてしまうと思われがちなんじゃないですか?」
と清水刑事がいうと、
「ええ、まるで健忘症のように思われることがあります。まだ、若いのに、などと言われると、思わず力が抜けていきます。実際には健忘症でもなく、ただ、勘違いしているだけなので、ハッキリとした病気というわけではない。最初、正直神経内科に行ってみようかとも思ったくらいです。さすがに怖くて門を叩けませんでしたけどね」
と、さすがに管理人は意気消沈していた。
「いや、これは真剣に悩んでおられるんですね。あまり触れなかった方がよかったですかね?」
というと、管理人は、
「そうですね。私としては、自分の中で忌まわしい性格だと思っているので、この話になると、どうしてもテンションが落ちてしまいます。ですが、世の中には私のような性格の人間って、結構いるんですよ。まるでことわざにある『類は友を呼ぶ』とでも言いましょうか、私のまわりにも実はいたりしたんですよ」
と管理人がいうと、
「それはあるかも知れませんね。自分をそういう目で見ていると知らず知らずに、まわりにもいないかを探そうとするのかも知れません。そして他の人も同じように探していたりすると、その気持ちが共鳴するのか、お互いに相手の存在に気付くことになるんでしょうね。私も自分の中にあるあまり好きになれない性格を考えていた時、これは刑事になる前のことですが、あなたと同じように、まわりに目を向けたものです。その時、自分を顧みている目と同じ目をまわりに向けたんでしょうね。反応した人がいて、いろいろ話をすると、その人もどうやら私と同じことで悩んでいるようでした」
と、自分の話を始めた清水刑事だった。
真剣に悩んでいる管理人を慰めるつもりで言った清水刑事であったが、そうやって話ながらでも、違和感が抜けることはなかった。それはきっと、彼が言っていた性格という者が、管理人と話をしていて感じた性格とは少し違ったものに感じられたからであった。
普段なら事情聴取に来ているのに、こんな性格的な話で、事件とは関係のないような話を引っ張ることはないのに、
「どうしてなんだろう?」
と思っていると、そこに刑事としての勘のようなものが関係しているように思えてならなかった。
つまりは、この偶然分かったかのような管理人の性格が、ひょっとすると、今度の事件のどこかに関係しているのではないかと思えたからだ。
管理人がいうように、確かに類は友を呼ぶものだ。そして似たような性格の人間が集まったのも無理もないことだろう。
「ただですね」
と、管理人は思い出したように、ふっと口から出た言葉であったが、何かを言いたいという気はしていた。
それでいて、
「これを話していいものか?」
という思いが見え隠れしているようにも感じたのであった。
「どうしました?」
と聞くと、
「いえ、この性格というのは、決して悪い方にばかり影響するわけではないと思っているんですよ。こういう性格を見て、却ってその人のことが気になってしまったりすることもあるのではないかと思うんです。人それぞれですおね」
と言っていた。
管理人とはその後、少しだけ話ができたが、これ以上何も事件に関係することはおろか、彼の性格を浮き彫りにするような話は出てこなかったので、早々に切り上げて、次の事情聴取に向かった。
この事件では事情を聴けるだけの証言を得られる相手は実に少ないのも特徴だった。それも最初自殺だとして処理しようとしたことが大きく影響しているのだが、そのことは愚痴になってしまうので、口に出すことができないのは、ある意味でのストレスに繋がることであった。
次の事情聴取の相手は。今回の第一発見者のもう一人、被害者が勤めていたスナックのママさんのところであった。この事件が殺人事件の様相を呈してきたことから、第一発見者としての立場が微妙になってきたのだが、前に聴取した時とどれだけ違った印象を与えられるか、そのことを清水刑事は気にしていた。
場末のスナックと言った雰囲気そのままの店で、開店前というのは、下手をすれば、
「閉めた店ではないか」
という思いがしてくるほど、落ちぶれた店に感じられる。
角を曲がって、ネオンサインもついておらず、看板に火が世持っていないと、ここまで寂れて感じられるのかと思うほどの佇まいに、急に寒気を感じさせるほどだった。風が吹いているわけでもないのに感じるこの寒気は、まるで西部劇のゴーストタウンを感じさせた。
作品名:見えている事実と見えない真実 作家名:森本晃次